Eno.223 九尾のキメラ『シャハル』

■ そして、いつかを夢見る

キメラは約束を忘れません。
それはたとえ、約束をした人がずっとずっと遠くへ行ってしまっても。
キメラは、絶対に忘れないのです。

シャハル。とある国の言葉で夜明けという意味の、キメラが貰った名前です。
人類の夜明けになるように。願いを込めて、白い服の人がつけました。
背中の刺青、スノードロップの花が示す花言葉もまた、「逆境の中の希望」。
かの地の人類は、一時は本当にこのキメラに希望をかけていたのでしょう。

……そしてシャハルは、たったひとつ。とても後悔している事があります。
それは、白い服の人の――名前を、聞かなかった事。
今でも、シャハルはその人のことを、「あの人」としか呼べません。
とってもとってもお世話になった、大好きなヒトなのに。

だからシャハルは、約束した人からは、絶対に名前を聞きたがります。
それがたとえ口約束でも。
それがどんなに無茶な約束でも。
それがどんなに馬鹿らしい約束でも。
子供でも、大人でも。動物でも、無生物でも。

シャハルは、その相手を呼ぶために。
いつか、約束を果たした時に、相手に教える為に。
会えなくなっても、自分の思い出の中の、その人に会う為に。
相手の名前を、知りたがるのです。

そして、シャハルは憶えました。
「きっこ」「リスコ」。
二人の名を、シャハルは決して忘れません。