Eno.336 save

■ 昼から夕方にかけて

 
 船らしき影、輪郭は見えない。
 見つけられない。

 雨が降ってきたし
 ちょうどいいから流れ着いたプラスチック容器に雨水を貯めよう。
 誰かきたら、きた時に持って行ってくれたらいいけど……

 変な夢ばかり見るのに、眠くて眠くて仕方がない。










「しおりだって、本当はお母さんの名前だよ」

「生まれてない私に本当のものなんて、なにひとつないの」


 子どものように駄々をこねて泣き喚いたって、私の本質は変わらない。 


「それに、saviorはちゃんと私の名前
 もう誰にも譲渡する気ないから、私の名前なの」


 私はお母さんを模倣している。
 記憶もお母さんから引き継いでいるし、この人格も記憶を元に形成している、から 

 私の中には最初から、私なんてものはない。 


「いらない!」

「そんな名前やだ
 あげた人たちみんな、みんないなくなったの」


 でも、この水妖は多分、生まれ損なった私そのものなんだと思う。 

 お母さんは最期まで、私を不要としていたから
 そんなお母さんを模倣している私にとっても要らない子だから、きっと 


「いなくなりたくないよ
 ぎゅってして ずっと一緒にいてよ」


 わあわあ泣いて、泣いて泣いてばかりいる子どもを 
 どう扱えばいいかわからないまま途方に暮れる 

 どんなに記憶の中を探しても
 ぐずった幼いお母さんに、手を差し伸べる大人の姿が見つからない


「おかあさん!」


 見つからないから、望まれる通りにしよう 

 そうすれば簡単に大人しくなった。 
 ぐずぐずと鼻は鳴らしているし、まだ耳元で嗚咽を上げるけど 

 私の背に腕を回して、しっかりしがみついて 


「……」


 そんな子どもの背に、十字架を握った焼け爛れた手を回して 

 自分諸共、正しさを理由に貫いた 



 私がまだ私である内に
 まだ手放せる内に
 海の底に沈めてしまう前に
 さびしいだけの水妖に成り果てる前に

 私にとってのともだちが 大切なものである内に 


「わたし、わたしさびしくないよ さびしくないから」