Eno.170 アルザス・リースリング

■ シーエルフの人恋し

海の中で、想う
生命の気配を感じない海の中で息を吐く
あまりにも静かだ
命の還る先で、生まれる場所だとはとても思えなかった



―― アスティ

名前を呼べど返ってくる声はない。
北海地方に竜災害を齎した張本人……ではなく、竜災害を齎させられた、一番の被害者。シーエルフと共に共存し、平和が続くと信じて疑わなかった海竜神。二度、殺されて三度目の生を受けても、彼女は共に歩むことを選んでくれた。

俺はそんな海竜の守人……の、血筋らしい。
海竜の守人は海竜と共に過ごし、彼女の声を聴いてシーエルフに伝え、同時に彼女を守る役目を担っていたそうだ。もう4、500年も昔の話で、北海地方は当時の歴史を一切残さなかったため、この歴史を知っている者は俺たちくらいだ。

魔法が使えないのもこれが理由だ。
守人は竜の力を一部身に降ろすことができる。
その性質は内へ貯める力が強く、外へ出す力が弱い。竜の力を一身に受けるそれにより、基本的に己から魔力を放出できなくなった。それでは竜を守ることができないため、魔力を放出させ疑似的に魔法剣を生成するための『魔法の触媒』となる特別な剣が必要だ。


今は、どれも手元にない。
仲間も、戦うための武器も、最愛の人であり守るべき人も。


……無性に、声が聞きたい。
何度も助けられた。傍に寄り添って、迷ったときは話を聞いてくれて、時には前に立って、いつも傍にいてくれた、アスティの声が、聞きたい。
離れていても、一方的であれば声が聞こえた。しかし異世界ではその声を聞くことができない。


会いたい。帰りたい。
なんて、泣き言をいえば中には崩壊する者もいるだろう。
だからこれはここだけで吐き出して、俺だけのものとしておく。俺がそんな弱いところ見せたくないというのもあるけれど。


頼りなくとも、尊厳もなくとも。
リーダーとしての吟味は、捨てていないつもりだから。