Eno.224 ナンナ•セファレイエ

■ 帰るための道標

どこに行くにしても、帰る場所があることほど心強いものはない。
お家で待ってる人がいる……帰って何するか、何を食べるか、何を話すか……帰ってやりたいことがいっぱいある。
それだけで、どれだけ辛い旅路でもどれだけ酷い怪我をしても耐えられるのよ。

天使っぽいお兄さんは、帰る場所が無いんだって。
救援が来なくてもキミだったら生きられそうだなんて気弱なことを言うから、
『ああ、このまま放っておいたら野垂れ死んじゃいそうだなー』
って思った。というか言っちゃった! 思ってることがつい出ちゃうのよー! どうしようもないじゃない!
神サマの罰がどうこうこの前言ってたけど……せっかく生きてるのにこんな狭い島のことしか知らないなんて勿体無いじゃない?
外の世界には美味しい団子もあるし、それよりもずっと美味しいものも幾らでもある。
こんな狭い島では到底感じられないような、『生きている実感』が得られるのよ。
楽しいこと、辛いこと、嬉しいこと、苦しいこと……その連続が、その繰り返しが、生きているってことよ。
楽しいことばかりが生きている実感じゃない。
痛みがあるからこそ、日々の幸せが際立つし、苦い思いをすればするほど甘さも増す。
その刺激ごと、楽しんだら良いって言ってやったわ。
……今は帰る場所がなくても、外に出られたら見つかるかもしれないし、ね。
それに、希望のTシャツ着てた癖に希望を捨てるだなんて馬鹿げてると思わない?
──あれ、そういえばあのお兄さん、名前あるのかしら?
結局今日も名前を聞けず仕舞いね……まあ、天使っぽいし名前がなかったりするのかもしれないけど。

あと森でコウに出会ったわ。
お腹をすごい空かせてたみたいだから、猪肉を焼いたやつをあげたわ。
うーん、やっぱりお肉って最高よね……お城での食事は礼儀作法が煩くってあたしも苦手なんだけど、料理は純粋に美味しいから恋しくなったなぁ……。お肉がいっぱい食べたいっておねだりしようかしら……もう、食べたく無い! ってなっちゃうくらいいっぱいお肉を食べたい……!!
そうそう、コウは家族と喧嘩(かな?)して海に落とされてこの島に流れ着いたらしい。
よく……溺死しなかったわよねえ……。
うっかりヒトなのによく生きてたわねえって言っちゃって怪しまれちゃったけど、大丈夫バレてないわ。
でもちょっと好奇心が湧いちゃって、
「でも、もし大丈夫と思って接した相手がヤバい化け物だったらどう思う?」
って聞いちゃったわ。
ヒトの中でそれなりに生きてきたけど、やっぱりこういうことってなかなか聞けないじゃない?
噂が変に広がって追い出されたり、家族に迷惑かけちゃったらいけないしで。
数日前のルガDや、シスターのように身構えちゃうヒトも少なくないからさ。
そしたら「ヒトだってやべえ奴はいるし、そんな奴らよりは自分を偽ってまでこっちに接してくれようと努力してくれてるわけだしマシ」だって。
……そういうヒトが多かったら良いのになあ、って思った。
別に吸血鬼に生まれたことを憂いたことも、魔法が暴発するたびに命が削られていく体に生まれたことを憂いたことも無いけれど、そういう寛容なヒトが多いなら、しなくて良い争いも、流れる血も少なくなるのになあって思ったわ。
──コウもお家に帰って家族と仲直り出来るといいわね。
うん……帰る場所があるって本当に良いことだと思うわ。
たくさんのお肉に、安心して眠れるふかふかのベッド……それはきっとヒトのアナタにはあたし以上に必要でしょうから。


今日でおそらく、手紙に書いてあった船が通りかかるだろう7日目。
もし、船が通り過ぎたなら……船が通らなかったらその時は…… この海をこの身一つで渡り切る。
覚悟? ……そんなもの最初から決まってるわよ。
──あたしには、前しか見えないんだから。