Eno.145 留守みんと

■ サバイバルメモ vol.1

 バインダーに挟まれた紙だ。
 裏面には、藍浜学園水泳部タイム計測シートと書かれており、
 それぞれの部員の泳ぎ方とタイムを記録している一覧表になっている。
 この紙は、男子の記録が載っている様だ。

 記録者名の欄に『留守』と書かれている。

-----------------------------------------------

◆メモ

・どうやら島らしい、メイビー
・砂浜で水が汲める
・海水を飲むとちょっぴり命の危険を感じる
・火口→焚き火
・焚き火+鍋=蒸留器
・蒸留には木2片、海水を喉を若干潤う程度の真水に出来る。

◆砂浜の採取物
☆木材
☆石材
☆布材
☆プラ材
☆金属材
・空き瓶
・ぶどう
・時計(こわれてるっぽい)

◆森の採取物
☆木材(気持ち他より取れる量多め?)
☆石材
☆布材
・ツタ(ロープの代わりになる?)
・きのみ(小さい緑)
・きのみ(パン?)
・野草(食べれないモノもある)

◆岩場の採取物
【探索】
・メガホン
・かたっぽの長靴
・イカ
・ヒトデ
・貝
・砂利
【素潜り】
☆石材
☆プラ材
・貝
・子カニ

◆食べれる食べ物リスト
【可食】
・海藻
・ぶどう
・貝

【不可】
・野草(詳細不明、食べれないモノもある)

【不明】
・きのみ(小さい緑)
・きのみ(パン?)
・野草(アクが凄い)

-----------------------------------------------


 ――星が綺麗だと思った。

 濃紺の空に所狭しと煌めく白や橙の星屑。
 摩天楼煌めく眠らない街から、絶対見えない屑星さえ瞬く空。
 冷えた身体で溜め息をひとつ、隣り合う少女達の存在感を側に感じて。

 ふと、自分が居た場所を思い返す。
 空飛ぶ飛行機の翼端灯、青緑の明滅を遠く眺めた帰り道。
 潮騒は淀みを湛えつつも街明かりに煌めいて、その存在感を訴える。

 おばけの様なデリッククレーンの作業灯、工場地帯や高速道路の街明かり、
 違う時間を暮らす人達のオフィスビルやアパート、
 ふと、テーマパークの観覧車に灯る時計の電光表示が切り替わる。

「もう、こんな時間なんだ」

 今日も練習頑張ったなあ、なんてコンビニのブリトーをひと齧り。
 零れそうなチーズを慌てて少し啜って、気恥ずかしくて周囲を見る。誰もいない。
 海浜公園、潮風がびゅうっと吹き抜けるそこは夜の涼しさに野ざらしだ。

 もぐもぐと、食んだブリトーの一口を咀嚼し、噛み締めた末に飲み込んで。

「――今日も楽しかったな、泳ぐの」

 少しだけ塩素で傷んだ髪を右手の人差し指に絡めて、
 ほっと熱いほかほかの息を吐き出した。

 冬でもないのに、ぽわっと白い靄が灯る。

「あ~、美味し」

 にこっと、頬を緩ませて笑う。

 手持ち無沙汰に取り出したスマートフォンで、読みかけの電子書籍を開く。
 それは魔法使いの物語、ある魔法使いの生涯の話。
 部分的に映画化されたりもしたその話の、ほんの一部分が目に付いた。

「『魔法でイルカとしての生を楽しむ内、人である事を忘れてしまったのだ』」

 ふと、その言葉に思う。
 私はひょっとして、イルカだったのかも知れないと。
 もし魔法があれば、きっとイルカになって居たのかも知れないと。

 やっぱり私、泳ぐ事が大好きだ。
 プールでの水泳も、きっと海での泳ぎも好きになれる。

 そう確信したささやかな夜の事。
 季節は晩夏、初めてこの学校で出た大規模な大会のすぐ後の事。
 もっと鼻を付く、蒸し暑さが残る潮風の夜だった。

「ちょっとだけ、むさ苦しいかも」

 風の事か、自分の事か。何とも言えない込み上げた言葉。
 来年こそもっと速く、届かなかった向こう側に行きたいと切に願う一時。

 だったらもう、帰って休まなくちゃ。
 ――そう呟いて、帰り道を急いだ。

 見上げていた夜空の一等星、何番星かも知らないその星光を、
 轟と横切るジャンボジェットの巨大な機影が黒に隠した。
 そんな、ある夏の思い出。

「ふふ」

 瞳を閉じて自嘲気味に笑う。小さく、砂浜の上で。

「寝よとするっスかね」

 あーあ、と欠伸とも溜め息とも言えぬ声が続いた。