Eno.224 ナンナ•セファレイエ

■ 全ては混沌の海に還る

……事あるごとにアナタが口にするその言葉の意味はあたしには分からない。
どういうつもりでその言葉を口にしているのか、分からない。
全ての命は海から生まれて、海の還るのがこの世の摂理だとかいうけれど、海なんて数えるほどしか行ったことなくって、よく知らない筈のあたし達も海へ還るのかしら?
イナの言うことはたまに……いやよく分からない。
その言葉を言わせてるのは悪い神サマなんじゃないかって……不安になる。

イナが引き継いだのは回帰の力。
命を引き受け、命を取り込む悪い神サマの力。
あたしが継がなかった方の力。
……あたししかケリをつけられない神サマの力。

全てが終わったら、あたし達はこの海へと還るのかしら。
それとも……アナタが言っている海はもっと全然違うモノなのかしら。

一緒に生まれたはずなのに、アナタが凄く遠くに感じることがある。
同じ顔をしている筈なのに、全く知らない誰かに見える時がある。
……アナタが引き受けているのは命だけかしら?

はーあ、やっぱり考える時間が出来ちゃうのは良くないわね。
難しいこと考えたって、あたしじゃ答えを出せないのに。
……なんであれ、あたしは帰らないといけない。
この海を越えて、うっかり持ってきちゃったこのナイフを返して謝らないと。
──あたしが還る“海”はここじゃないんだから。


水平線の向こうに、大きな山のような影が現れる。
その影に向かって、あたしはメガホンを向ける。
目一杯、胸に空気を取り込んで、お腹に力を込めて、海を真っ二つに割るくらいの気持ちで、声を張り上げる。

「メーデー、メーデー、メーデー! 遭難者、多数! 救援を要請する!!」

数日前に誰かが大声で叫んでいたセリフを真似して、呼びかける。
少しでも目につくように、ケッチャンがくれた真っ白な希望のTシャツを身につけて、ひたすらに声を上げる。
あたしだけなら、泳いで渡れば良い。
それだけの体力と気力と、筋力には自信はある。
剣士として、それなりの死線を乗り越えてきた経験もある。
この数日間で、余力をしっかりと蓄えて、準備もしてきたわ。
……でも、そんなことできない人の方が多いってことは分かっている。
食べ物も十分でなかったし、備えられなかったヒトがいる事も知っている。
丸太を運ぶことすらままならないヒトも多かったし、動物を殺めることに抵抗を感じるヒトも居た。
……ヒトって、こんなに脆くか弱いのねって、思った。

あたしは、どんな種族であれ、みんなで仲良く楽しくやるのが好き。
不毛な争いで血が流れたり、誰かが犠牲になったりするのは大嫌いなの。
自己犠牲で死なれるのなんて本ッ当に論外だわ……戦場でもない場所で。
だから……誰一人犠牲にならないように、声を張り上げる。
帰る場所がある人も、ない人も、こんな場所で、散るのはあんまりだと思うから。

──海に還るには、あまりにも、早すぎるわ。