Eno.38 白恋たると

■ わたしの神様

 
遠い水平線の上に船が見える。
淡い光はだんだんとこちらに近付いてきて、
やがてわたしたちを呼ぶ声が聞こえてくる。

「(……良かった)」


ついに助けが来たのだ。
この島に漂流してから、長いようであっという間の七日間だった。

他の誰にも黙っていたけれど、
わたしは最初から助けの船には乗らないつもりだった。

島で共に過ごした皆が、無事に帰れさえすればそれでいい。
元居た世界を追放されたわたしには、もう何処にも帰る場所は無いのだから。

貴女の未来に幸あれ、だなんて素敵な言葉を掛けてもらって、
嬉しいのと同時に心が痛かった。

「(きっと、これでいいのです。
 たるとは……)」


──けれど、あの人が運命を変えてくれた。
自分の片腕を犠牲にしてまで……
全力を懸けて、わたしの事を救ってくれた。

今まで与えてばかりの人生だったけれど、
あんなに誰かに世話を焼かれたのは初めてだった。

毎朝の目覚めの挨拶が嬉しかった。
二人で作って食べるごはんは、一人で食べるよりずっとずっと美味しかった。
あの日一緒に眺めた夜の海は、何よりも綺麗だった。

わたしは…… 明日からは少しだけ、
誰かの事を信じられるようになるかもしれない。
今まで通り、迷える者に救いを与える神として。
そして、一人の女の子として。

「(──最初のわたしも、これからのわたしも。)」


この島で過ごした大切で掛け替えのない日々を、
わたしはこれからもずっと忘れない。

船の窓から、遠くなっていく島を見えなくなるまで眺めた。