Eno.56 イリス・フィアレンツェ

■ 船上より

船が沖合に出てしばらく。
イリスは島があった方向をじっと見つめていた。

結局、あの世界は何だったのだろうか。

噂程度に聞いていた『ジーランティス』、まさか自分がその地を踏むとも思わなかったが、
自然摂理や生態系が近かったせいか、そこまで不自由することなく生活できていた気がする。
やがて海に沈むと知らなければ、船には乗らずにこのまま生活を続けていたのかもしれない。

「……ま、考えてもわからないな」



『わかるのは自らの五感で感じたことだけ』
研究者として自分の軸にある考えだ。

「っと、そうそう」



島での生活中に使うことのなかった、便箋と空のボトル、そしてボールペン。
サラサラと筆を走らせて、あの日出会ったボトルレターと同じ内容をしたためていく。

『かつて、この『シマ』を生きた者より』



そう締めた便箋をボトルに詰め、きつく栓をして。
遠く離れた島をめがけて、力いっぱいに投げたのだった。