Eno.88 テセウス

■ [更新終了]

船の乗組員曰くこの海は際限なしに周辺の「世界」の海と繋がり、飲み込んでいくらしい。
だから私たちも海ごと他の世界から飲み込まれたのだろうと、そう説明された。

かれらはどうにかして私の居た世界の場所を特定してくれた。
望む世界の海へと送り届ける、と言われたから私は正しく世界の海の特徴を伝えたつもりだ。
かれらはその海を「アクアタンク」とそう呼んでいたっけ。
だが、乗組員のひとりは言った。

あんな場所へ戻るのなら、もっと別の世界に行った方が良いと。
ここにも海は流れ込んできているがあの海は錆で腐り、泥で汚れ切っている。碌なもんじゃないと。
なんなら良さそうな世界を選んで送ってやるとも言われたか。

だけど私はあそこで目覚め、ずっとあそこで生きてきたんだ。
そりゃ確かに…島の人たちに話として聞いたり、記録として見たりしただけの色鮮やかな世界に憧れはあるけど…

それでも元いた場所の方が慣れている。
私に付いて回ってくる、旅人だと自称する白っぽい祈祷師の機械は『せっかく綺麗な世界が見れるチャンスなのに〜、勿体ない!』とか言ったかもしれないけど。

結局私は元いた所に送ってもらうように頼んだ。
船内で過ごす間に不要な記録や情報は削除し、必要な物のみ残す事にする。








水に沈んで消えるものなんて沢山見てきた。
なのに今日だけは何故か寂しく思えてしまう。