Eno.164 きっこ

■ 夏休み

窓枠の中の、青い空。入道雲。
クーラーの効いたお部屋。
並べられた机と椅子と先生の顔。

まるで何もなかったみたいな顔で、
いつもの夏が戻ってくる。


漂流して、島で過ごして、帰りはみんなで船に揺られて。
…あとはちょっぴりお腹をこわしたりして、数日とちょっと。

気がついたらたくさんの大人の人に囲まれて……

あれ?あの後どうなったんだっけ?
細かいことは、思い出せない。

ちゃむちゃんは?リスコお姉さんは?
わたし、どうやってお別れしたんだっけ……


わかったのは今が7月だってこと。
拾ったはずのものはゴミ箱に、ぼろぼろの服は新しく。
すっかり元通りのわたしがいた。

……朝霜紀子。
いつもつまんなそうな顔の小学生。
勉強が嫌いで、どこにも行けない。
それがほんとの、わたしの姿。

ここはひどく安全で
よりよく守られた箱のなか。
これが、わたしのいるべきところ。




――なんてね。
あの頃の私がそんな聞き分けのいい子供だったと思う?
周りがが何を言ったって、なにも構いやしなかった。

子供ってのは案外勝手に考えて、知恵をつけるものよね。
教えられなくても、わたしはよくよく知っていた。
とっておきこそ、隠しておくものだって。
ポケットの奥には貝殻のネックレスと約束のミサンガ。

わたしの、わたし達だけの、とくべつなたからもの。
誰にもないしょの夏休み。



いつしかのあなたへ。
 お元気ですか?
 今もどこかで、変わらずに過ごしていますか。
 わたしの夏はまだはじまったばかりです。

 ノートのページは未だに真っ白で、宿題だって山積みのまま
 ほんのすこしの特別だけを残して、なんでもない毎日を暮らしています。

 夢のように過ぎ去った、あの冒険の日々。
 汗ばんだ手のひらと、限りなく広がる大海原。
 今も、目を閉じれば鮮明に思い出すことができる。

 高い空を見上げれば、いつだって
 わくわくするようなまっさらな青。
 それはわたしの確かな希望でした。

 なくしてしまったものもたくさんあります。
 知らず忘れてしまったことも、たぶん、いくつか。
 けれど、あれはけして、夢なんかじゃなかった。

 またあの夏みたいに、あなたと出会える日を信じて。

                 きっこより。