Eno.170 アルザス・リースリング

■ シーエルフの帰る場所

戻ってきた場所は北海地方の海……シーエルフと人間の共存する街、ウィズィーラがあった場所の海だった。
その海は今はもう何もない。しいていうなら、俺が冒険者になる前に使っていた小さな小屋があるくらいだ。ラドワが管理人を置いてくれたので、今でも綺麗な状態を保っている。


俺が居なくなっていたのは島で過ごした時間と同じ、一週間だった。
ずっと待っていてくれたらしく、船を降りたと同時に仲間が俺を囲んで迎えてくれた。特にアスティにはボロボロと泣いて、何度も何度もよかったと口にした。心配かけてしまったことに申し訳なく思いながら、優しく抱きしめて再会を喜んだ。



「ところで、よくここに戻ってくるって分かっていたな」
「あぁ、あなたが不自然に失踪したから原因をこっちで探ったのよ。あなた一人ならともかく、アスティちゃんが居て漂流するとは思わなかったし。
 大体シーエルフが漂流したってなんてギャグよ」

じゃかあしいわ。
ラドワが調べてくれた内容によると、あの島へ引きずりこむ海流が発生し、俺が巻き込まれて漂流したそうだ。神隠しの一種で、どの世界へ転移させられたかは把握していたらしい。
更にその世界から異世界へ帰るための船が出ていることも突き止め、それなら一番帰ってくる可能性の高い海で待っていることにしたそうだ。

「……もしかして俺がどこにいるか分かってたのにそのままにしてたのか?」
「えぇ。だって絶対面白いことになってるだろうなぁ、と思ったもの。
 シーエルフが流されたなんて……俺は一体明日からどういう顔をして生きていけばいいんだ……って、深刻な顔をして思いつめてるあなたがいるのだろうなーって思ったら、そっとしておきたいじゃない?」
「助けろ。異世界に遭難してんだぞ。死にかけてるんだぞ」
「え……遭難って認めるの? シーエルフの海流れって永遠にネタにしていいの?」

すいませんでした。相変わらずこの女性格が悪いな。
それにねえ、とペンデュラムを指でくるくると回しながら話す。どこか楽し気で、懐かしそうに目を細めた。

「異世界の旅も、悪くはないでしょう?
 新しい出会い。知らない文化。決して交じり合うことのない人たちと出会える奇跡。誰にも信じられないほどの、非現実的で夢のようなお話。

 あなたは、その奇跡を体験したのよ
「―――― 、」

ラドワは、そうだ。
異世界に迷い込む奇跡を体験して、そこで大事な人ができて、けれど別れて別々の世界へと帰って。
その人にまた会いたい、ただそれだけの理由でこの世界で最も禁術である夢術を己のものとした。

「……なあ、お願いがあるんだが」
「大体予想はついてるわよ。あなたのことだから、どうせもう一度会おうなんて軽々しく約束して、私を便利道具扱いしたのでしょう?」
「すっ、すまない! 本当にすいませんでした!
 お前を便利道具扱いしました! 白状しますすいませんでした!!」


バレてた。本当にすまないと思っている。
はーーー、とくそでか溜息を一つ。それからペンデュラムを回すのをやめて、俺の持ち帰った荷物を漁り始めた。

「言っておくけれど、本人のものではないのなら時間かかるわよ?
 あと暇なときにしかやらないし、対価として……なにこれ?乳首……?
「あっお前やめろ!! セクハラだぞ!!」
「セクハラなの???」





……俺たち冒険者パーティ、カモメの翼はこれからも翼を広げて飛んでいく。
またどこかで会うことがあるかもしれないから、さよならの言葉は飲み込んで。
全てが還っていった海。街も、同胞も、何もかも。そうしてこの海から始まって、こうしてまた帰ってきた。

拠点にしている街に戻る前に、一度一人でこの海へと足を運んで。
歌を口ずさむ。もう見えない船に向かって。最後にあの島で歌ったあの歌を。
―― 彼らが船出の歌を歌うということは、旅立つ者のこれからを祈り、よきものでありますようにと願うこと。




さあ、俺は、俺たちの場所へ戻ろう。
俺は、右手を掲げ。全力で乳首を海へと放り投げた。