Eno.179 チック

■ 7日目、そしてこれから

拠点の片隅でただひたすら、小さくなる。


まるで昔に戻ってしまったみたいだった。
音も、光も、人も。すべて怖くて、閉じこもっていた頃。

お姉ちゃんには迷惑ばかり掛けていた。
今なら、お姉ちゃんもつらかったはずだって、分かる。

少しずつ、ベッドから出られる日が増えて。
少しずつ、外に出られる日が増えて。
1人で飛べるようになったのは、1年くらい前にやっと。


自分のことで精一杯だった。
この島でだってそう。
他人を思いやれているなんて、きっとそう思い込んでいただけで。


そんなんじゃ、彼女の望みに気付けるはずもなかった。


お腹が鳴る。現実を知らせてくる。
何もしなかったらこのまま、終わるだけ。
『おもいで』なんて、最初からどこにも無かったみたいに。

遠く聞こえる波の音が、私を責め立てる。
日は傾き始めたのに、いやに眩しく感じる。

それでも。


このままあなたに会えないことのほうが、怖いと思った。


――――――

砂浜へ歩く。いつもの、みんなの話す声。
不安な気持ちを出来る限り奥に押し込んで、話しかける。

八十子さん、ケイスケさん、ルガDさん、ナンナさんが、食料を分けてくれる。
やっぱり自分のことばかりな私は、お礼を渡す余力も無かった。
自分が、情けなくなる。……だけど、みんなに貰った食べ物を口に含めば、少し前を向けて。

他の人がどうだったかは分からないけど、ルガDさんとナンナさんには、ちょっと気付かれてた。
気を遣わせちゃってたかな。


ナンナさんには妹さんがいるらしい。双子の妹さんだけど、性格は全く違う。
私のお姉ちゃんも、私とは正反対。落ち着いた、凛としたひと。
ナンナさんがわしゃわしゃと、私の頭を撫でる。
今日は恥ずかしさなんかよりも、その暖かさが、嬉しくて。

そうしたら段々、気持ちの整理がついてきた。
体を動かしたくて、石を積み重ねていく。

いつの間にか、昨日は作れなかった、アヒル隊長の石像が目の前に出来上がっていた。


みんなが、いっぱい祝ってくれた。みんなが浮かべてくれた、沢山のアヒルたち。


そう、もう怖がってなんていられないんだ。
一度の失敗で、過ちで、すべて諦めることなんてできない。


――――――

今からでも彼女と話したかったけど、メモリーさんの誕生日だって祝いたい。
みんなと集まれる、大切な機会だから。
拠点の外を確かめながら、誕生日パーティーに参加した。

クラッカーを鳴らして。おいしい料理を食べて。プレゼントを渡して。
今までの苦労を振り返って。希望をもらって。

楽しい、本当に楽しい、特別な時間。だけどそこには、彼女は居なくて。


いつの間にか、この島に船が来ていた。


――――――

森で、彼女を見つける。恐怖になんて、もう負けたくはなかった。
「離れたくない」、彼女の、いまの気持ち。それを聞くことができた。


私には、お姉ちゃんを置いて、彼女の世界へ行くことだけは出来ない。


だから、あなたを連れていく。私たちの世界へ。


……不思議だね。あんなに怖かったはずなのに。
今だって、あなたを守り切れるか、怖いはずなのに。

隣にあなたがいれば、こんな私でも、打ち勝てるんだ。


――――――

冷えてしまっていたぬくもりを取り戻すように、共に過ごす。
隣で眠って、寄り添って。今なら心もしっかりと、繋がってる。

私たちは諦めない事にした。この島のことは、今はまだ『おもいで』にはしない。
エピローグを、綴ることはしない。


続いていく、いま。

みんなとの再会を、彼女の世界を、諦めない。


大体の人は船に乗り込んだようだ。
砂浜で、ルガDさんとユウリさん、メモリーさんと話した。
他の人たちとも、船の中で話せたらいいな。

本当に、沢山助けられてきた。みんなには感謝してもしきれない。
この島から出ることができて、本当によかった。
……ちょっぴり、寂しいけれど。



あなたと、2人。同じ歩幅で、希望へと歩んでいく。



―――これからもよろしくね。アルワ。