Eno.218 八〇七番

■ 記録、それから

現れた船に乗って、おさかなさんを船の人に預けて。
貰ったぬいぐるみを抱きながら、ぼんやりと待って。
すこしだけ、話をしたりも、して。
僕は話すのが得意ではないから、ろくな話はできなかったけれど。
そのうちに、急に疲れが出てきて、少しだけ眠ろうと思ったことまでは覚えている。

目を開けば、いつもの、常に明るい天井がそこにあった。
体を覆う布団の存在を理解して、ここが、僕のいるべき場所であることを認識する。
……長い、長い、夢を見ていた気がする。
そもそも僕は眠る時に夢をほとんど見ない。
だから、ここまではっきり記憶に焼き付く夢など初めてで、少し混乱していた。
どこまでも広がっているかのように錯覚する、海。
人の手の入っていない島、そこに流れ着いていた、知らない姿のひとたち、それから。
おさかなさんのことを思う。
おさかなさんは、大丈夫だったのだろうか。
彼女がどうなったのかを、僕は、知らない。

それにしても、あれは本当に、ただの夢だったのだろうか。
夢とは記憶を整理する脳の働きだ、と言ってたのは誰だっただろう。
……あいつだったかな。ちょっと得意げに話す姿が思い浮かぶから。
しかし僕の記憶と想像力であんな島の出来事が思い描けるわけもない、とも思うから。
もしかすると、眠っている間、僕は本当にあの島にいたのかもしれない。
もし、もしも、そうだったなら。
どこか、遠い遠い世界で、あのひとたちが――そして、おさかなさんが、生きて、いてくれるのだろうか。
そうであるならばよい、と思う。祈る、と言い換えてもよかったかもしれない。

思いながら、体を起こす。
いつもの通りの朝の手続きを始める。
長い夢を見ていた、と感じている割に、目覚める時間は普段と何一つ変わらなかったらしい。
扉の外から、声がする。

「八〇七番」

与えられた番号に、短く返事をする。
必要以上の言葉はいらない。今までも、これからも。

この島における出来事は僕だけのものだ。
何もかもが終わるその日まで、僕の中にだけあるもの。

あの島で手に入れたもの――中でも、おさかなさんから貰ったナイフが手元にないのだけが、名残惜しかった。

===

「八〇七番の様子はどうだ」
「いつもと変わりませんね、特別おかしな行動も見受けられませんし、いたって大人しいものです」
「誰もがあのくらい大人しければいいんだがな」
「けど、不気味なくらいですよね、あそこまで落ち着いてると。恐れている風でもなく、自棄になっているようでもない」
「時々いるんだよ、ああいう奴も。覚悟が決まってるのか、すっかり諦めてるのかはわからんがな」
「返事はしますが、ろくに口も利きませんからね。何を考えてるのかは、さっぱりです」
「殺人鬼の心持ちなど誰にもわかりようもないさ」
「そりゃそう、ですけど」
「しかし、八〇七番もここに来てもうすぐ六年になるか――」

「死刑、いつ、執行されるんだろうな」