Eno.223 九尾のキメラ『シャハル』

■ 夜が明ける日

シャハルは、船に乗ることができました。
きっとあちこちの世界からナガサレる者が多いのでしょう、
船員さん達は大して驚きもせずシャハルを船に乗せてくれました。
背中にきっこを乗せて、尻尾をリスコの手に回して。
殺人鬼を誘いながら、尾を追いかける鉄の犬と一緒に船を揺らします。

遥か遥か水平線。それを見ながらシャハルはふと、思いました。
ああ、もう故郷の影すら見えないほどに――遠くへ、きたのだなあ、と。

それから夜通し、シャハルは起きていました。
船が島を離れて波に揺れながら、みんなと喋ったり、
一緒にご飯を食べたり、二人を抱えて寝てみたり。

そうして随分空が白んできた頃に、水平線を眺めます。
寝ている二人を、或いは周囲を見て。
クオー、とひとつ鳴き声を上げました。

背中のスノードロップの刺青が、淡く輝きます。
それと同時に、やっと傷の塞がった翼をばあっと開きました。
コウモリのような大きくて赤い翼は、
一度抱えた二人を優しく包んで、また開いて。
港が見えてくる頃でしょうか、
それとも日が水平線から顔を出す頃でしょうか。
或いは……大切な二人が目を覚ます頃に。

もう一度、歌うのです。大切な歌を。

はっぴーばーすでー つーゆー
はっぴばーすーでー つゆー

はっぴーばーすでー でぃあ 『シャハル』ー
はっぴばーすでー つーゆうー

そうして――夜が明けます。
シャハルは、二人が無事に帰れることを心の底から喜びました。
船が接岸する頃に……ばさり。翼を広げて。

8色の繊維と、蛇のウロコが混じったミサンガ。
自分の手首にもつけたそれを、二人にも船の上で贈りました。

『いつかまた、これを目印に会いましょう』

そう言って、両の手を振ります。……お別れの時間です。
ですが、シャハルはこれをお別れとは思っていません。

『また次に会うまでに、たくさん思い出を作ります!
 だから、次に会った時は――たくさんたくさん!
 お二人の思い出も聞かせてください~!』

これはシャハルにとっての、夜明け――はじまり、なのです。
優しくて強い、大事なヒト達。リスコ、きっこ。
彼女たちは、自分にたくさんのものをくれました。
それは、物だけではなくて……もっと大事な、ヒトのこころ。

それなら、次はシャハルが彼女たちに渡す番でしょう。
彼女たちに、とびっきりの笑顔を見せて、希望を――約束を。
いつか、素敵なお土産話をたくさんプレゼントする為に。
彼女たちにまた会う時、胸を張っていられるように。
シャハルは、翼を広げます。そうして、飛んでいきました。

夜明けの、輝く空へ向かって。