■ いつか、遠い未来の話
「せんせ」
「せんせ、これ、なあに」
奇怪な見た目の女性のような人型が、舌ったらずの言葉で、首から赤いマントをすっぽりとかぶっている男に聞いた。
その手には、ずいぶんと古びた、今にも劣化して砕けそうな貝殻のネックレスがある。
「…………。ずいぶんと懐かしいものを出してきたな、助手よ。しかし、まだあったとは」
それを受け取ったのは、マントの男。
慈愛すらも僅かに篭ったその蒼い瞳で、ネックレスを見つめている。
「天才たるもの過去にはあまりとらわれないが、一つ。昔話をしてやろう。
これはまだ我が国を出て、1年も経っていない頃の話だ――……。
大きな川を渡る船が沈没してな、謎の孤島に遭難したのだ。そこでカイトという名の少年と、ライトという名の青年と、貴様に良く似たシンエンのクロなるものがいてな、僅かのときではあるが限界サバイバルをしたものよ」
そうして語られるは冒険譚。
少しお調子ものの気があるが、恐らくそういう役回りを買って出ていたように思えるライト。
慎重かとおもいきや危なっかしく、年相応の無茶をする癖に謎の距離があったカイト。
それから最後まで何者かわからなかったが、無知のように振舞っていた――実際あやふやだったのであろう、クロ。
3人と天才の一週間程度のサバイバルは、思った以上に穏やかで、楽しい時間が過ぎるばかりの話だったのだ。
「ま、もう10年は前の話だ。奴らは今どこで何をしているのやら」
「あう、しない?」
「それは難しい話だろうな。我が天才的頭脳を持っていたとしても、流石に世界は渡れん。
だがそのうち、案外向こうから来るかもしれんがね」
くくく、と男が笑うのに対し、女性はこてんと首をかしげたのである。
どこかの異世界、冒険者の街、と呼ばれるその場所に。
裏通りの入り口よりすこし入ったところ、『三流式診療所』と掲げられた大きくは無い診療所。
そこでは怪人赤マントと恐れられながらも、医者というよりも冒険者としての実力を買われている医者と、そんな藪医者を天才と慕う謎のゴーレムが住んでいたんだとさ。