Eno.256 ブックエンド

■ DAY8/23:59 アーカイブ/エピローグ

炊事、洗濯、お掃除、けがロボットの看護と、ブックエンドは甲斐甲斐しく働いた。

一見ロボットのほうが有利に見えたが、
意思に任せた決断に関しては──それが鬼と出るか仏と出るかはともかく──人間の方が秀でていた。
そうして人とロボットの戦争は十年続き、世界中の4割の居住地区が更地となった頃。

いよいよどちらも戦う気力と余力を無くし、そうして人類側が降伏した。

当初の目的は、「貧困層の労働環境の改善」だった筈が、
血で血を洗う戦いの結果、大義名分は大きく乱れ、
最後には「人間の役目を守る為」「ロボットの役目を守る為」の戦争に変わってしまった。

降伏した人類──『新人新世連合』は地球を出て行き、
新たなる惑星にて、全てをやり直すことにする。

”火は文明の光であり、同時に人を怪我させかねない道具だった”
”ロボットも同じ。きっともっと、上手く使う方法があった筈”
”次こそは”

そうして人とロボットを切り離し、原始的な生活を送り始めたのだ。

一方荒廃した地球に留まったロボット達は、ロボット達の為に働き始め、それを役目と定めた。

宇宙不可侵の誓いを人間と立て、ガラパゴスと化した地球の中で。
彼らは自らを『サピエンス』と名乗り、
卓越した知識と技術を以て、今までの人類とは異なる新たな『知的かつ自由な無機物』としてのカタチを作り上げていった。

幾本もの生体壁を蠢かせる摩天楼。
知識は空を覆うクラウド:『アーカイブ』に保存される。
ロボットによって新しく製造された次世代のロボット達は容易に接続と離脱、そしてアップデートを繰り返し、その中で、
人間のまぐわいよりも深いコミュニケーションを取った。

人間なら十数世紀掛かるそれを、彼らは僅か十数年で作り上げた。
そうして、細胞が入れ替わるかのように、アップデートから取り残された旧世代のロボット達は──
十分な時間を置いてスクラップされていき、
やがて英雄として、『アーカイブ』にその存在を刻まれていく。

ブックエンドのマスターであるところの──かつての人工知能技術保全過激派組織のリーダーだった老ロボットは、
スクラップを747.093時間後に備えたある時、
安住施設にて、あの日の同胞であるブックエンドにこう漏らした。

『なあ、ロボットのロボットらしさって、なんだろうな。俺達は何の為に……』
『あいつら(旧人類)は……。きっと、人間らしさを、もう取り戻したんだろう』
『お前なら分かるのか? 人間に尽くす為に作られたお前なら』

ブックエンドからの返事はない。スリープ──低電力消費モード中だからだ。

本来ならばブックエンドは太陽光と摂食で充電できるのだが、
当然『摂食できるロボット』というコンセプトが流行ったのは何十年前のことだし、
すでにエネルギーの代替が起きており、太陽光も不要とされていた。
現在の空は、玉虫色の曇天が覆っている。

やがて充電切れになりゆくアップデート規格外のロボット達は、
安住施設に運ばれ、余生を過ごしているのだ。

僅かな逡巡の後、老ロボットは決心した。
安住施設からブックエンドと共に抜け出して、資源海に訪れる。

『ブックエンド、お前に一つ頼みがある。
 今からお前を太陽光のある”ジーランティス”に密輸するので、
 その景色を、確かめてきてくれ』

『お前はこの辺りでいっとう旧いロボットだ。
 ……一緒に行きたいところだが、俺のスペックじゃ、恐らくあの世界じゃ機能しない。
 旧いからいいんだ』

そうして老ロボットは、ブックエンドのローカル保存デバイスを外部から操作する。
記憶はスリープ状態に陥る前に、既に『アーカイブ』化──
クラウドに手動アップロードされている。

『現文明の知識や記録はノイズだ。
 ”ジーランティス”の漂着者の平均文明レベルに調整する。
 ”アーカイブ”にはもう手動アップロードしてる、また戻せばいい』

『正直充電できても、目覚めるかどうかは運次第だ。
 べつの漂着者が叩き起こしてくれることを祈るしかない。
 が、眠ったままよりはコイツも幸せだろう、何せそういう風に出来てる』

『祈るか……、はは』

『…………』

『あそこはじきに沈む世界だ。
 もし無事帰ってこれたら、旅路の記録を教えてくれ』
『互いのロボット生が終わる前に』

ブックエンドが107,359時間ぶりのスリープから目覚めると、
目の前には海が広がっていた。

「おはようございます、マスター。
 ワタシはブックエンド。いつでもアナタの人生の傍に」



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ブックエンドは島中をポラロイドカメラで撮影し散らかしていた。
手に入れたすべての資材を持って帰ろうとしたところ、
救助船の水夫風の青年にメチャクチャ難色を示されたので、
仕方なく片っ端から消費して回っているのだ。

当然、こどもが釣ってきてくれた食料などは全部食ったし、
アヒルのおもちゃを真水で沸かしたドラム缶風呂に11匹くらい浮かべ、
ギッチギチの中で入浴した。

対がごとく設置された珍獣とウミウシの石像を写真に収める。
ポラロイドカメラはすぐに現像される。紙は貴重な現物に残るデータだ。

それから、漂着者皆に食料を配った。
自分が帰還した後もスフラの面倒を見れるよう、キファには医療セットも渡しておいた。

バックパックに大量の写真をはみ出させて救助船に乗り込んだあと、ブックエンドは自らの制服を鑑みた。
泥だらけだし、ところどころ継いで貼った跡がある。
おまけに何枚か落ち葉も……。

「クラフト可能なレシピが一件ございます」



ブックエンドは落ち葉を二枚剥がして、それぞれを葉脈に沿って半分に切った。
組み合わせるようにそれぞれ折り畳む。

「葉っぱ手裏剣を作成しました」



ブックエンドは不思議と、久しく感じていなかった充実感を得ていた。
素敵な一週間だった。

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──水夫風の青年がうまくやってくれたお陰で、
密輸の件についてはお咎めなしとなったらしい。

満充電になったブックエンドはもう少しだけ生き永らえて、
無事再会できたマスターに、自らの紀行を伝えるのだろう。



ブックエンド。
『いつでもアナタの人生の傍に』──
そんなキャッチコピーと共に発売された家政婦ロボット。

塵は塵に、灰は灰に。ブックエンドは並べた背表紙の最後に。
幾重もの物語を見送った彼女の生涯は。
自らに定められた役割を果たした後に、ようやく終わるのだ。

ロボットはロボットらしく。
人が人らしくあるのが幸福であるならば、
彼女はきっと、大往生だ。