Eno.287 部族

■ 森の民の思案5

信じがたいことだ。
だがこれは紛れもない事実なのだ。

今私の手元には取り戻したかった精霊の杯がある。


余所者によって度々故郷は危険に晒されてきた。

急に船で押しかけてきた余所者たちが
木の実や作物といった貯えを奪っていったこともある。

浜に流れ着いた者を助けた村で一番心優しい娘が、
助けた者に無理に迫られ怪我をしたこともある。

外から持ち込まれた体が火のように熱くなる呪いが伝染して
村の人数が半分になったこともある。

そしてとうとう精霊の杯を盗む輩が現れた。

だからこの島に辿り着いた当初、
我ら一族の者でない余所者たちを襲うことには何の疑いも無かった。


しかしどうやらそれは誤りであったようだ。

今この手に戻った精霊の杯は、私が余所者とひとくくりにしていた者たちの手で
こうして無事に取り戻されたのだから。

そして私が今こうして宝と生きる気力を取り戻せた最初のきっかけは
私の身を案じてくれたあの男の言葉に他ならない。

無論、横暴な余所者たちが居なくなるわけではない。
今後も我が故郷を危ぶめる余所者たちには何ら情けをかける気はない。
だが“ああいう者たちも居た”という事実だけでも覚えておいて悪いことはない筈だ。

精霊が私をこの島に導いたのだとすれば、
それは怒りや罰としてではなく
この出会いを以て私に訓示を与えたかったのかもしれない。

あの者たちに精霊の祝福よあれ。
そして願わくば、「翼ある者たち<サ・ルア・タ・ブシーレ>」の如き髪を持つ
あの匪賊の男が彼の強欲な魂の淀みを濯ぐ機会があるように。