Eno.290 カスタ

■ もといた場所のこと

お金持ちの屋敷で住み込みの使用人として働いている18歳の女。
制服を魔女の装いのように改造し、お嬢様にナメた口を利き、メイド長に怒られ、自己流の魔法修行を同僚に呆れられながら健やかに生活していた。

溺れて漂流していた時間、流れ着いた島で過ごした七日間、救出船に送り届けてもらう期間を経て、見覚えのある海にたどり着く。
衣服などの見た目はみすぼらしくなったが、島にいた存在たちからいろいろと恵んでもらったおかげで、健康面は問題ない状態で帰還した。しっかりとした足取りで、帰り道を歩いていく。

「ただいま~」

島で見つけたクラッカーを鳴らしながら、屋敷へと帰る。
お嬢様に涙目で怒られ、メイド長からバチクソに叱られ、同僚にまたかと呆れられながら、いつもの生活に戻っていく。



「あ、これおみやげです」

メイド長からひとしきり叱られた後、使用人部屋の一角にて、お嬢様に島で作った貝のネックレスを渡す女。
こりているのかいないのか、行方不明になる前と変わらぬ様子に渡された少女はじゃっかんの呆れと安心を覚えながら、受け取ったものをまじまじと見つめる。
近くの海で見られる貝殻とはどこか違うそれを不思議に思い、一体どこまで流されていたの、と女に尋ねた。

「いや~めちゃくちゃムシムシしてて暑い島っすね~。最初はふらふらになっちゃいましたねぇワハハ」

そんな気候の島なんて船で何か月もかかるような場所ではないのか、話を聞いた少女は疑問に思いながらも、もっとお話をしてほしいとねだる。
女はばたばたした身振りを交えつつ、島で会った存在や見つけた物のことを軽薄な口調で語っていく。女の使用する机に置かれた瓶の中には、月のような輝きを放つ髪束が入れられていた。



「はっ! この経験を経て、私は魔女に限りなく近づいたかもしれませんよ! 今なら飛べる!」

島での生活を語るうちに、なんやかんやよくわからない場所で七日も生き抜いた自信が芽生えてきた女。
おもむろに部屋に立て掛けてある箒をつかみ、またがり、開いている窓へ走り出す。
後ろからあわてたお嬢様の止める声が聞こえる。止まらない。窓枠に足をかけ、島で見た飛ぶ箱の姿を思い出しながら、青空へ飛び出した。ここは二階の部屋である。
跳躍分の放物線だけ描き、柔らかい芝の生える庭へ。

「イテテ…っかし~な~」

擦り傷だらけで地べたから見上げた空を、ひとりの魔女が飛んでいた。
女には魔法の才能が無い。何年修行をしようとも、その姿に届くことは無い。
女にはこりる心も無い。何十年芽の出ぬ修業をしようとも、絶望に届くことは無い。

玄関から庭へ駆けてくるお嬢様の足音が聞こえる。
まもなく訪れるであろうお怒りのメイド長からどう逃げようかなぁと思いながら、女はへらへらと笑っていた。