Eno.325 ライフセーバーさん

■ 書きつけたメモ

何度も水に浸ければ機械は壊れる。当然だ。
元々近くにいる同僚とやりとりする用の無線ヘッドホンは、
最初の数時間の音声を記録したきりうんともすんとも言わなくなった。
辛うじて、あのパーティの時のざわめきを記録できたような気もするが……
そもそも録音機能が数時間もったのだって奇跡だ。こればかりはしみじみと思う。
岩場で魚を獲るのに四苦八苦する内、とうとう僕には島であった出来事を記録するすべがなくなった。
でも今は船内に筆記具がある。ここに、思い出を書いていく。

まず、骨が動いている。食べ物が動いている。驚いた。
ファンタジーな島に来たかと思ったが、どうやら僕と同じ漂着者らしい。

何度か他人に素材や水を融通したが、融通してもらった記憶の方が強く残っている。
最初は今までそういう経験がなかったから、とても申し訳ない気持ちがあった。
けれど誰も下を向いていなかった。皆、「船が来るまでの辛抱だ」と前を向いていた。
この頃、役割分担の話をようやく聞いた。僕は木材調達をするようになった。

食料と水が足りてくると、次に考えるのは脱出の手段だ。
最初は「もしかしてこの島が沈むという話は嘘ではないか」とも思ったが……
その根拠となっていた陸上生物が僕と同じ漂着物だと知って脱力したものだ。
仮面の方も茶色い牛も、たまさか流れ着いただけらしい。いや、災難だ、どうか助かって欲しいと願った。

それからしばらくは少しでも助かるために行動した。念のためにいかだも作った。
ただ、見渡す限りの海に漕ぎ出すには途方もなくちゃちな出来だった。
結局は船が先に見つけてくれたが、あれで海を渡れる気はついぞもてなかった。
正解だ。船から海の様子をみれば、あんなもので渡れる海域ではないと解る。

船が来る前に、皆で牛を解体した。
彼は…なんというか…頭がよかった。ライフガード犬のようだった。
正直、食べたくない気持ちが勝っていたが……
いや。僕は、彼の命で僕の命を燃やすと、決めた。
僕は彼を食べた。

パンの耳が人間になったり人間がミイラのようになったり骨が人間になったりした以外は、僕の周りでは特に何もなかったと思う。
無事ではなかったが、絶望することがなかったのは、絶対に周りの人々のおかげだ。
島名以外は無事で済んだことが、何よりも良かった。