Eno.373 シア

■ 夏の裏側へ  /  夏の裏側 ④⑤

『どこで降ろしましょうか?』

船員さんが問いかけてくる。
次の島へ、なんて言っても・・・救助がメインだ。連れて行ってくれないだろう。


「元の場所…私の体がある所に、お願いします。」



これで通じるだろうか?
何せ自分自身、どのタイミングで、どこからこの島に連れてこられたのか分からない。

ただ、聞き届けられたかのように、船は動き出した。

『…じゃあ、ここで降りてください。』
鏡張りになった海面。水面の奥に、何かが見える。病院だろうか?

少し前、覚悟を決めて跳んだら大怪我をして、ついさっきまでいた島に流されてきた。
今、また覚悟を決めて・・・跳ぶ。今度は大怪我で済まないかもしれないけど、
それでも、また皆に会うには、これしかないと感じていた。

『えっ…普通に足をつけてくれれば、入れますが…』

後ろで驚く船員。
言うのが遅い。


夏の裏側 ④

「そう……だな。シア、どこか行きたいところあるか?」

渡された地球の歩き方をペラペラとめくりながら言う。
まだ内容に目を通せるような心の状態ではなかった。

…が、その時。

『あの世じゃ、ないなら……』

かすかに絞り出されたその言葉を、その場にいた人間は確かに聞いた。


「移動中にシアが反応したのはその一回だけでしたが、
 それだけでも機内の雰囲気は断然前向きになりました。
 シアにも聞こえてるかも知れないと思ってか、皆和やかに、明るい話をし始めました。」(馬敬)

そんな事もありながら、5時間の空の旅を終えた一行。

「良い兆しもありましたが、楽観はできませんでした。
 落ちた際の打撲、脱臼からくる高熱と、何より側頭部をぶつけた上、どうなっているのか不明なままでしたので。」
(担当医)



空港で待っていた救急車に乗って、受け入れ先である御曹院大病院に搬送されていく。
命の保証はなく、後は神に祈るしかなかった。





夏の裏側 ④ 終












夏の裏側 ⑤


「御曹院大病院に運び込まれたシアちゃんの状態を、私の『残りHPをゲージで表示する異能』で確認しました。
 普通、高所から落ちて頭をぶつけ、意識もないとなるとほとんど残っていないのですが……


 なんと半分近く残っていました。
 
 それは肩の脱臼、足首の捻挫、全身の打撲、高熱といった
 見えている症状だけで入るであろうダメージとほぼ同じだったのです。」(現地医師)



驚くことに、彼女は跳びすぎて3階ベランダに頭をぶつけたものの、どうにか落下のダメージからは頭を守っていたのだ!


「異能が生じる際に、発熱が起こることは時々あります。
 彼女の場合はそれが打撲や脱臼の熱と合わさり、意識を失うほどの高熱になったのでしょう。

 そのせいもあってか、意識が戻るまでは
 まるで熱帯の島にでもいるかのような大汗を何度かかいていました。」(現地医師)


頭に大きな損傷が無かった事が判明し、一刻を争うような容態では無くなったシア。熱が下がるまで入院して治療を受け────────







         ~ 一 週 間 後 













そこには 元気に回復したシアの姿が!



「頭をぶつけて落っこちた時は、もうだめかと思いました。
 身体が動かない間も、家族や友達に申し訳ない気持ちがずっと頭の中を回っていて… 
せめて一言謝りたいと思って、必死で目を開けたら…御曹院大病院のベッドの上でした。」



意識が戻ってからは順調に回復し、帰国の前日にはイバラシティをあちこち回って帰ったという。

「お父さんに謝って、感謝して、それでも(あの子たちと)友達でいたいって言って・・・今度は友達に電話して、謝りあって。 もう一歩間違えたら二度と戻ってこなかった、日常と夏休みが戻って来ました。
 本当に、誓ってもう二度と、意地張って危険な真似はしません。




なお、異能に目覚めようと真似して危険な事をする人が出かねないため、このことについてはあまり喋らないよう、夏休み明けに先生に言われたとか。

夏の裏側 ⑤ 終