Eno.387 的場 汪介

■ 帰路にて。

島を後にして、宛がわれた船室でこれを書いている。
この船旅が終われば俺はまた元の擦り切れそうな日常に帰っていき、あの島でのことは思い出の中に埋没していくのだろう。
時間を留め置けない以上それは仕方がないことかもしれないが、様々な場所からやってきて別々の方向へと歩き去る彼らが、奇跡のように集まったこの一週間のことを、俺はなるべく忘れたくないと思う。
だから連中の記憶が鮮明なうちに、あいつらのことを書き留めておきたい。

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アキノキ ――奔放な猫の青年
猫のような(っていうかマジで猫なんだけど)を地で行く気ままなやつだった。
青年とか言ったけど本人に指摘されるまで女だと思ってた。
そんだけ可愛い顔してんだよなぁ、あいつ。
にゃあにゃあ笑ってたと思ったら、時折スッと素に戻ってみたり、猫だけに尻尾を掴ませないやつだった。
故郷では役者と言っていたが(それもどうだか怪しいが)、島でも気ままな猫を演じていたのだろうか。
それでも、あの親しみと笑顔は本心だったはずだ。
少なくとも、俺がそう思うことは自由だ。
……灰皿、ありがとよ。
ありがたく使わせてもらうぜ。


ヒデキ ――ムードメーカーのトラブルメーカー
アキノキと並んで島の雰囲気を明るくしてくれてたのはヒデキだな。
思えばヤツは最初からそんな感じだった。
最初に小屋を作るんだーって息巻いてて先越されて凹んだりすぐ立ち直ったり、見てて飽きねえなって思った覚えがある。
一人でいきなり野草ロシアンルーレット始めたりな。
(そういや船が来た晩に拠点で一人パーティしてたのは何だったんだ?)
まぁでも、肉が取れたからバーベキューしようぜって言ってきてくれたのはマジでよかったな。
あれは一つの区切りだったと思うし、なんつーか、生存のためだけじゃなくて楽しむために食うってすげぇ大事なことなんじゃねえかなって思うのさ。
そういう明るい雰囲気とか作ってくれてたのはマジで感謝だな。


ルビー ――若作りの吸血鬼
島では結局名前は聞けずじまいだったな。
人づてに吸血鬼だって聞いて、なんでもありだなこの島って思った覚えがある。
ああして太陽も水も平気で若くいられるなら俺もチュッとやって貰うのもありだな。
その辺りの話、色々詳しく聞きたかった。
今からでも遅くねえかな?


ミミ ――オオミミトビネズミの化身
オオミミトビネズミってなんだ?
飛ぶのか?

え、そういうのがいんの? あ、可愛い。
なんかすごいのほほんとした子だった。
すげぇ耳だったしアキノキの遠類か何かだったかもしれない。
こいつから貰った釣竿には地味に最後まで助けられたな。
気が付いたらいなくなってたし(縁起でもねえが)死体も見当たらなかったから、飛んで脱出したんじゃないかなぁ。
もうちょっと話を聞いてみたかった。
あとスルーしちまったけどあの斧なんだったんだ?


逢樽 ――健康優良王子様系JK
釣りや素潜りなんかですげぇ魚取ってきてくれたよな。
あれ実際かなり生命線だった。
元々そういうのを趣味にしてたのか、海周りのことやってるときはかなり生き生きして楽しそうだった。
あと、いつも快活で元気づけられる。
かと思えば寝ぼけてほわほわしてたり、詩的な表現で海の様子を語ったり、共同生活の中でいろんな顔を見せてくれた子だった。
なんかすげぇ『正しくまっすぐ生きてます!』って感じだったな。
で、それが全然嫌味じゃねえの。
学校とかじゃ男女からめっちゃモテたんだろうなぁ、きっと。
あと、めんだこのクッションありがとな。


イワン ――陰鬱な、だけど誰より優しい樵
まあこいつとは色々あったよ。
雰囲気からまぁカタギじゃねえよなあって思ってて、探り入れるってわけじゃあないが雑談ついでに聞いてみたら、次々に爆弾みてぇな過去が出てくんの。
本人的には油断して口を滑らせたって感じらしいが、いや、引いたとかじゃなくて普通に警戒レベルを引き上げたね。
……ま、とはいえ島での様子を見てたから、悪人ではない、理由なく人を殺すやつではないってことはわかってた。
だから「信じさせてくれ」っつって話終えたんだが、それであの自傷めいたオーバーワークだからな。
そこでまたひと悶着よ。
……まぁ、俺の言葉を聞いてくれたからかはわからんが、最後には前を向いてくれたようで良かったよ。
結局奴の事情はわからずじまいで、そんな状態でただ死ぬなって言ったって無責任かも知れないが、無責任なりに要望を伝える権利くらいはあるだろうよ。


久木沢 ――サメハンター社畜
今回集まった面子の中で一番意外性があったのがこいつだった。
最初はちょっとオドオドしてて、頼りないというか、助けてやらなきゃなって印象だったんだけど、気が付いたらサメを積み上げるくらいに銛突きのプロになっていた。
こいつのおかげで俺らの主食サメだったからな。
そういうフィジカル面での強さのギャップに目が行くけど、こいつ実は心も強くてさ。
いつもすげぇ周りに気を配ってるんだよね。
物資が足りない人はいないか、無理してる人はいないか、調子が悪い人はいないか、って。
それも意外に思ったし、素直にすげぇなって思った。
サメの供養もしてみたり、優しくて強いやつだよ、ほんと。


アル ――質実剛健な冒険者
マジで頼りになるやつだった。
記憶がないって言いながらもサバイバルの知識が豊富で、最初に火を熾したのもこいつだった。
実直に素材を集めてテキパキ分配する様は、ほんとこういうのに慣れてるんだなって思わされた。
ほんと色々と助けられたよ。
カタブツっぽく見えるけど実はそうでもなくて、ヒデキとじゃれ合ってたりカニに名前付けて連れ帰ってたりするのが微笑ましかったな。
あと、レイに指摘されるまでこいつが半裸だってことに誰も違和感抱いてなかったのがほんと面白すぎる。
いやだってあまりに自然体だったもんよ……。


レイ ――ずっと一人で耐えてきた少女
一週間、よく一人で耐えてきたと思う。
そうまでして頑張ってきた理由はわからないが、察するに、俺らが信用できなかったからだろうか。
まあ半裸で斧とか銛とかもって彷徨いてる連中が信用できないってのは納得しかねえ話だ。
しかし、何度かのやり取りの末、最後には出てきて貰うことができた。
なんとなく察しはしてたが、実際姿を見てまだ子供だと言うことに驚いた。
よく頑張ったもんだ。
捻くれたところのない素直ないい子で、俺が普段相手にしてるやつらにも爪の垢煎じて飲ませたいくらいだった。
お礼もきちんとできるしな。
まあ、タライいっぱいのイカとかブルーシートに満載された木の実とか、お返しはちょっと独特だったけど。
や、ありがたく頂いたぜ。
(昔話の動物さんとやり取りしてるみたいだった)
あと、いつのまにか荷物に紛れてた手作りのネックレス、レイからだよな。
ありがとう、大事にさせて貰う。

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そこまで書いたところで、パタンとノートを閉じる。
天井を仰ぎ見て、嘆息する。
書きたいことは無数にある。
たった一週間の出来事とは思えないくらいに。
それを思いつく限り書き出していこうと思ったが、やめた。
それよりも、限られた時間をあいつらと過ごした方がいいと思い直したのだ。
廊下が騒がしくなってきた。
多分あいつらがどこかに集まり始めて、またヒデキあたりが馬鹿やってんだろうな。
目に浮かぶようなその光景にふっと笑って、俺も混ぜろよ、なんて言いながら船室を後にした。