Eno.145 留守みんと

■ 藍から青へ流されて

 目が覚めたら此処に居た。
 響くのは潮騒の音と海鳥の声、目を刺すカンカン照りの太陽。

「んぅ……」

 目を庇う様に腕を動かす。熱い、真夏の屋外プールを思い出す。
 あの真っ白な石灰色のゴツゴツとした床の上、
 泳ぎ疲れて日干しになるのは少しだけ気持ち良かった。
 浜に打ち上げられた海藻なんかはこんな気分なのかな、
 なんて当時は真夏日の下、ぼんやりと塩素臭にまみれて考えていた。

 今は、潮の匂いが強い。けほっと、小さく咳が出る。
 それが段々と大きくなって、耐えきれずに噎せてしまう。
 喉に張り付いていた乾きと塩気を吐き出して、身体を丸める。

 熱い、苦しい。
 寝苦しさにも良く似た不快感に、寝続けるのを諦めた。
 そこで漸く、私自身を取り巻く状況の不自然さに気付く。

『何処だ此処!?』

 それは、言葉にしようとして上手く言葉にならなかった。

「……がっ、ふ、かふ、けほっ――ぺっ! ぺっ! んぁぁ……」

 からからに乾き、ざらざらと砂粒を感じる口内に唾液を満たして、
 もう衆目も何も気にせずその異物をぺっと脇に吐き出した。

 砂だ、砂浜だ。
 絵画でよく見るマーメイドの様に身体を捻り起こして、瞬きを2つ。
 どこまでも続く青と紺碧、白い雲以外は爽やかなブルーの世界。
 見上げた空は眩く、見詰める目蓋を閉じても猶陽光が目を刺激する。

 ざら、と砂を払いながら膝を起こす。
 そのまま自分の膝を支えにして、軋む身体をぐっと揺らして立ち上がる。
 視線の高さが変わっても、遠くに見える水平線は変わらない。
 振り返るとそこには森、見渡す視界には自然しか無い。

「ふ……はぁ……」

 唖然、呆然。そして何よりも乾き。
 ようやく明朗さを取り戻しつつある意識で、途方もない青に向き直る。
 自分自身を確かめるように、指を動かしながら右手を持ち上げて、頬を抓る。

「…………痛」

 じーんと染みるような痛みの残滓、それが吹き抜ける潮風に消えていく。
 途方もない青の向こう、見知った景色は何処にもない。
 騒がしく藍浜の摩天楼を行き交う烏の群れも、潤海基地の戦闘機やヘリコプターも、
 縹空港から世界に飛んでく国際線のジャンボジェット機も見えない。

 此処は藍浜ではない、それを理解しながら砂浜を歩き出す。
 何をすればいいか分からない、けれども何もしない訳にも行かなかったから。

 波打ち際の足跡は、当て所無く島の何処かへと続いていく。
 押し寄せては帰っていく白波が、ざぱんと時が過ぎゆく事を知らせる。
 空腹感と乾き、命が求める飢えに突き動かされて道なき道を進む。

「はぁ~、訳分かんないっスね。ホント私、ツイてないな……」

 恨めしいぼやきが、森へと続く道に消えた。