Eno.223 九尾のキメラ『シャハル』

■ 誰だって生きたいに決まっている

森で見た人達は、皆飢えていました。
キメラにとって、それはとっても悲しい光景でした。
白塗りの怖い顔の人でも、ちいさなふかふかの生き物でも、
犬でもコケでも猫でも悪魔でも、突然漂流した先で死にたい訳がありません。

キメラは、知っています。人間は、生き物は、皆生きたいのです。
キメラは、自分が造られた理由も知っています。
人間たちは、皆、生きたかったのです。
ヒトというものより、長く。
ヒトというものより、ずっと長く。
だから、たくさんのものを混ぜたのです。
だから、キメラは生まれました。

キメラは、白くて、狭くて、四角い部屋にずっといました。
白い服の人が時々来て、泥みたいなごはんとぬるいお水を
ドアについた小さな窓から入れてくれる部屋でした。
キメラは、その白い服の人と喋るのが大好きでした。
白い服の人は、「君は人類の希望だよ」と何度も言ってくれました。
キメラは、人が好きで、白い服の人も好きでしたから、
その人たちの役に立てるのがとってもとっても嬉しかったのです。

そんな生活をしていたある日のことです。
白い服の人が、泣きそうな顔をしていました。
どうしたんですか、と聞くと、白い服の人は、なんでもないよと言いました。
そして、白くて、狭くて、四角い部屋のドアをいっぱいまで開けました。

「いいかい、××××。君は……君を、もっと自由に生かす事になったんだ」
「自由……ですか?」
「……うん、そうだ。君が沢山生きてくれれば、他の人達もきっと
 ああ、あんなに長生きできるんだなあ、って思ってくれる。
 でも、じーっとしてるだけじゃダメだ。考えて、頑張って、生きないとね」
「むずかしいです……キュォン」
「ああ、わかる、わかるよ…… ……。××××。
 遠く、遠くへ飛んでいくんだ。君の羽なら、どこまでも行ける。
 いいかい、ずっと遠くへ行くんだよ。戻ってきては、いけないよ。
 その代わり、僕が……ずっと空の上から、見ているから。
 たくさん、いい事をして、たくさん、生きるんだ。出来るかい?」
「……はい!がんばります!ヒト達は、優しいですから!
 戻れないのは、寂しいけど……でも、見ててくれるんですよね?
 じゃあ、いっぱいいっぱい生きられるように、僕もがんばります!」
「っ…… いい、子だ。さあ、もうお行き」
「キュオオーンッ!」

キメラは、そうして旅立ちました。キメラは、……わかっています。
キメラは、ほんとうは、捨てられてしまったという事を。
キメラは、耳がいいですから。キメラは、目がいいですから。
次世代のキメラ……「リアル・フォーミング」が生まれたことを、わかっています。

ほんとうは、処分されるところを、あの人が逃がしてくれたことを、わかっています。
あの人は、そのせいで、死んでしまったことを、わかっています。
わかっています。だけど、あの人は見ていてくれていますから。
だから、あの人の夢を叶えたい。あの人のような優しい人たちに、死んでほしくない。

キメラは、人達がだいすきです。生き物がだいすきです。
だから、きっと、皆に長く生きていてもらいたいのです。