Eno.145 留守みんと

■ サバイバルメモ vol.4 / 水と私

 二枚目の紙も、もう大分みっちりと書き込まれてきた。

 貴重な資源とも言える紙、まだ余裕はあれど残りは大事にしたいのか、
 多少読みにくくなってでも書き添える形で情報を詰め込んでいる。

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◆メモ

・どうやら島らしい、メイビー
・もうちょっと木があれば小屋作れる!!

【水】
・砂浜と岩場で海水が汲める
・森にも泥水がある
・海水:飲むとちょっぴり命の危険を感じる→蒸留
・泥水:飲めるかは不明、非推奨→濾過
・蒸留器:留守
・瀘過器:ルキさんのが完成しそう?

【拠点について】
・まとめて休むならここで寝るとスッキリ✨
・拠点には探索出来る場所も採取できる物もない

【道具】
・焚き火で焚き火を増やせる、0から火起こしするより節約になる
・落ち葉→火口→焚き火
・焚き火+鍋=蒸留器←持ってるので作らずとも貸せます!
・蒸留には木2片、海水を喉を若干潤う程度の真水に出来る
・捏ねた粘土←使い道思いつかない

◆余り物:有効活用できる人に使って貸します
・釣り竿
・火起こし器

◆天候
【雨】
・雨水を溜めておけば飲水にはなりそう。

◆資源別早見表(暫定)---------
・木材  森林
・石材  森林
・布材  森林?
・プラ材 砂浜
・金属材 岩場

◆砂浜の採取物 ---------------
【資源】
・木材  ☆
・石材  ☆
・布材  ☆
・プラ材 ☆☆
・金属材 ☆

【食べ物】
・ぶどう
・サメ(今食べ方思いつかないっス)

【他】
・空き瓶
・骨
・貝殻
・割れたスレート
・クラッカー
・タライ
・時計(こわれてる事もある)

◆森の採取物 -----------------
【資源】
・木材  ☆☆☆
・石材  ☆☆☆
・布材  ☆☆
・プラ材 ☓
・金属材 ☓

【食べ物?】:可食リスト参照!
・きのみ
・野草
・怪しいキノコ

【他】
・泥水
・大きな枝
・ツタ(ロープの代わりになる)
・粘土
・落ち葉

◆岩場の採取物 ---------------
【資源】
・木材  ☆
・石材  ☆
・布材  ☆☆
・プラ材 ☆☆
・金属材 ☆☆

【食べ物】
・イカ
・貝

【他】
・砂利
・メガホン
・かたっぽの長靴
・ヒトデ
・傷んだ刃物
・フライパン
・マネキン
・ブルーシート

◆岩場の素潜り:結構疲れやすいので注意。
・貝
・子カニ

◆岩場の釣り:時間が掛かるけど疲れにくい。
【食べ物】
・大魚
・魚
・イカ

【他】
・ヒトデ
・長靴

◆食べれる食べ物リスト
【可食】
・きのみ(赤) 赤、甘い香り:全体的にいい感じ
・きのみ(緑) 緑色、未成熟:ほんのり水気あり、お腹にはあんまり
・きのみ(大) ボリューミー:水っぽくて味がしない、見た目ほどじゃない
・きのみ(苺) ベリーっぽい:食べたり無いけど食べれる
・きのみ(柑) 柑橘系っぽい:超すっぱい、ちょっと水気ある?
・きのみ(パン)芳ばしい香り:ちょっと喉渇く?
・野草(香草) ハーブっぽい香りの良い草
・野草(山菜) 山菜? アクが強い
・海藻 喉が渇く
・ぶどう
・貝

【危険度高】
・野草(茎) 茎がしっかり:腹は膨れるけど具合は悪くなる、毒?
・野草(瑞々) 瑞々しいやつ:体力なくなるかも?
・怪しいキノコ 木に生えた奴:明らかに怪しいしヤバそう、何種類かある?

【不可】
・野草(詳細不明、食べれないモノもある)
・きのみ(ベーグル)

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 水は、飲む物以上に泳ぐものだった。

 適当な親だったけど、その分好きにさせて貰えて
 私は小さい頃から市のスイミングスクールやら
 近所の市営プールに通う事を許された。確か幼稚園の年少組の頃。

『ま、好きにすれば?』

 なんて言葉ひとつで、幼児には多すぎるお金を握らされた。
 放任主義だけど、やりたい事はさせてくれる親。
 これが恵まれているか、そうじゃないかは――
 多分、受け取る人次第で違うのだろう。

『ちゃんと親に書いて貰わないと駄目だよ』

 スイミングスクールの書類は、頑張って調べて私が書いた。
 でも駄目だった。流石にヨレヨレの字では駄目だったらしい。
 その後、文字を沢山練習したけど、流石に幼稚園字に漢字は難しい。

 今日も何センチもあるハイヒールを履きながら玄関を出て行こうとする母、
 判子は此処にあるからなんて、それだけ言って任せっきりだった母。
 ふぅん、とか、そ。そんな適当な相槌と『ま、良いんじゃない?』で
 私とのコミュニケーションを完結させてきた母。

 でも、なんだかんだ私を生かしてくれている、
 ある種私にとっては、生命線と言うか、切れぬ臍の緒の様な存在。
 親鳥であり、神様とは言わないまでも、雨天の日の傘みたいな、
 むしろ、たまに木の実を落として、雨風を葉で防いでくれる大樹の様な。

 そんな母に、恐る恐る切り出した。

『これ、おかぁさんに、かいて……ほしい』

 ん。と、返事は短い頷きだった。
 特に何も言うでも無く、サラサラとペンを走らせる。

『ま、楽しみなよ』

 珍しく母が私を撫でた。
 笑っていたかは分からない、何と言うか寂しげな顔だった。
 笑っては居るのだけど、元気がない感じだった。
 その表情に込められた感情を、私はこの歳になっても分からない。

『……うん、ありがとう』

 小さく頷く。授業参観にも来ずに寝ている様な母も、
 この時は車を走らせて、私を市営プールに送ってくれた。
 よろしくお願いしますと、先生に頭を下げる母を見た。

 母が誰かに頭を下げるのを見るのは、初めてだったかも知れない。




 ――そして、私の水泳生活は始まった。

 幼稚園や学校に通いながら、帰りにプールに通う毎日。
 母が居ない部屋でテレビを眺める日々より、遥かにそれは有意義だった。
 楽しい。泳ぎ方を覚えるのも、泳げる距離が伸びていくのも。
 溺れかけて怖い思いをする事もあったけど、
 段々と水との付き合い方を覚えてきた。

 入って良いと言われるプールの深さも、少しずつ深くなった。

 幼稚園、小学校、そして今に至るまで
 基本的な生活のルーチンは変わっていない。

 泳げるだけ泳いで、帰る時間になったら帰るを繰り返す
 だいたい、そうして過ごしてきた。

 トースターにパンを入れて、チンしてジャムやバターを塗って学校へ。
 昼は学食のカフェテリアで好きな物を適当に食べる。
 放課後はスイミングスクールや部活に行って、
 帰りにコンビニやスーパーで買ったお弁当や惣菜を、晩御飯に食べて寝る。

 母の居ない家で、テレビやネットを眺めながらご飯を食べる。
 お昼を一緒に食べる相手も、居ないでも無いけれど、基本私は聞き手だ。
 深夜のテレビ、それか今度のテスト勉強の話くらいが、
 私とそのクラスメイトの話題。後は彼女の恋バナやコスメの話を聞くだけ。

(他の女の子って、着飾りたいものなのかな?)

 そういうものなのかも知れない。

 国語の教科書に出てくる女性も、
 帰りのモノレールで読むネット小説のヒロインも、
 何故か服やジュエリーを送られて喜んでいた。

 そういう意味では、母は幸せな女性なのかも知れない。
 同じ幸せを、私は感じる事は出来ないけれど。
 たまに化性をする所や、持っていくカバンで悩む所を覗いていると、
 興味ある? なんて珍しく聞いてきたのを思い出す。
 笑顔、と言って良いのだろう。えくぼが愛嬌のある表情だ。

 毎日、着飾っては夜の街に出かけていく母。
 毎晩プラプラと出かけては、明け方や昼に帰って来る母。
 何をしても適当だった母でも、そんな事があったのを思い出した。
 かと言って、何をするでもなく私はただ、水泳に通い続けた。

『水泳、楽しい?』

 母が珍しく聞いてきた。

 カリカリで芳ばしい匂いのトーストを長い指の右手に、
 不思議と優美に見える仕草でバターを塗りながら。

『うん』

 私の言葉に、母はふふと笑った。

『ま、楽しみなよ』

 またそんな言葉を言って、母は寝室に帰っていった。
 そしてまた、いつも通りの日々が続く。
 こんな短い会話でも、少しだけ嬉しかったのを今でも覚えている。

 だからといって、それ以上会話が盛り上がる事は無かった。
 私に興味を持てないのか、他人に興味がないのか、分からない。
 けれども母は、ネグレクトとかそういうのでは無いんだと思う。
 少なくとも私は、そう思っている。

 水泳教室に通わせてくれただけでも、私は感謝している。
 普通の家庭じゃないかも知れない事は、
 なんとなく小説や友達の会話から察しつつあるのだけれど、
 それでも私は、多分人に言われる程不幸では無かったと思う。

『行ってきます』

『ん』

 そんな毎朝。

 シャンプーとトリートメントが香る母は寝室に向かい、
 私は靴を履いて学校に向かう。それが留守家の毎日だった。

 父は、私が生まれて間もない頃、知らない人と何処かへ行ってしまったらしい。
 詳しい事を聞いた事は無いけれど、父は父で駄目な人らしい。
 居たら嬉しいなと思う反面、居ないのが私の普通なので良く分からない。

 そんなこんなで、母が水泳と学校に通わせてくれた結果、
 私は小学生時代から水泳大会で次々に大会記録を更新して、
 中学生にして、藍浜学園からのスカウトを貰い、入学する事が出来た。

 ある意味母は、私にとって水だったのかも知れない。
 生きる為に必要な存在だったし、私が泳げる毎日をくれた人だ。

 クリスマスプレゼントも、誕生日プレゼントも適当で、
 クローゼットから好きな物持ってきな、位の振る舞いだった母。
 大人になったら着れば良い、そんな事を言う母。

 段々とそれが、食べたい物ある? とか、
 欲しいものがあるなら言いなよ、に変わって来たのは
 私が小学校高学年になってからの事だった。

『ううん、大丈夫』

 そう返すだけの私は、母からすれば面白みは無かったかも知れない。
 けれども、私は既に一番欲しい物は貰えていたと思う。
 泳げる場所、その機会というチャンス。それだけでも満足だった。

 ちょっと普通では無いけれど、これが私と家族の形。
 色々と思う所はあるけども、幸か不幸か問われれば、
 私は間違いなく、幸せという方に頷くだろう。

 欲しかった物はあるけれど、一番欲しい物は貰ってる。
 それだけあれば、私は幸せといえる程に満ち足りていた。
 人の90%は水分だと言うが、私はもっと大半が水分なんだと思う。
 身体の中だけじゃなく、周りも、頭の中も水の中なのだ。

 私はただ、泳げる日々が続けばそれでいい。
 そんな思考でこれまで生きてきた。漂うように、
 あるいはそれしか知らない魚の様に。

 マグロは泳ぎ続けないと死ぬと言うけれど、
 そういう意味では私もマグロみたいな物だと思う。
 もし叶うのなら、私は眠る時だって水の中が良いなと思う。

 人は水の中で産まれ、育まれて生きていく。
 私はちょっとだけ、他の人より水が好き過ぎるだけなのだ。

 タイムや結果、スポーツとしての目標は確かにある。
 けれども、それ以上に私はただ、泳ぎ続けたいという理想があった。
 もっと水と仲良くなりたい、気付けば私は速くなっていた。
 水泳バカなんて言われる事もあった、否定はしない。
 私は水泳バカだ、生粋の水棲人だと思う。

 私は、水と共に生きてきた。ずっと。