■ DAY3/AM10:00-アーカイブ
ブックエンドの3人目のマスターは一般家庭の妻だった。
「おはようございます、マスター。
ワタシはブックエンド。いつでもアナタの人生の傍に」
その家族は中古でブックエンドを購入した。
長男が生まれたばかりの家族で、出産祝いに夫は奮発した。
(tips:ブックエンドにはチャイルドマインダーモードが搭載されている。
保育の第一線で活躍するXX女子大学教授が監修の、
10,000を超えるパターンと深層学習により、臨機応変な保育が可能。)
先見の明に長けた妻は、ブックエンドにこう命令した。
『ミルクを混ぜるのは貴方。ショウちゃんにミルクをあげるのは私』
『貴方は家事を担当してね。ショウちゃんの育児はちゃんと、私がやるわ』
そうして彼女たちは役割分担した。
家事と雑務をブックエンドに任せた彼らは、家族で過ごす自由な時間が増えた。
彼らは理想的なサイクルを確立した。
「ショウ様。本日の間食は、砕いた肉じゃがを湯で薄め、食べやすくしたものです」
『だーぁ! ぱぴぴ』
「ショウ様。入園式のお召し物のサイズは問題ございませんか」
『なんかおっきい』
『ショウ様。本日よりマスターは勤務時間10時~16時のお仕事を開始されました。よって小学校が4時間の日は、ワタシが保育を担当させていただきます』
『ブックエンド! じゃあ、遊んで! ゲームの通信しよ』
息子にとって、ブックエンドは『家政婦ロボット』だった。
それは姉でも母でもない、独自の関係性だった。
『ブックエンド! へへ……。な、なんか……その、可愛いセリフ、言ってほしいな……』
「では、”女の子に言われたらドキッとする台詞CDブック - 100種類の音声が収録!”を再生します。『ねぇ……ぎゅっとして?』。『ちょっとアツくなってきちゃったな』。『そういう風に笑うの、可愛」
『ブックエンド、この分からず屋!
俺がしてほしいのは……、そういうのじゃなくて……』
「ショウ様。XX大学への合格を、このブックエンドは心から応援しています。その為のメンタルトレーニングを──」
「ショウ様、ご結婚おめでとうございます」
『ありがとう、ブックエンド』
ブックエンドは結婚式に呼ばれなかった。
彼女はロボットだから、と妻が反対したのだ。
しかし息子はそれに納得できなかった。
最初から、妻はブックエンドをヒトと同様に扱うことを恐れていた。
ひと悶着あった後、"別のマスターを探しに行く"という名目でブックエンドは売却された。
大げんかを起こした家族は、元の形に戻った。
雇用期間は26年だった。