Eno.256 ブックエンド

■ DAY3/AM10:00-アーカイブ

ブックエンドの3人目のマスターは一般家庭の妻だった。

「おはようございます、マスター。
 ワタシはブックエンド。いつでもアナタの人生の傍に」



その家族は中古でブックエンドを購入した。
長男が生まれたばかりの家族で、出産祝いに夫は奮発した。

(tips:ブックエンドにはチャイルドマインダーモードが搭載されている。
 保育の第一線で活躍するXX女子大学教授が監修の、
 10,000を超えるパターンと深層学習により、臨機応変な保育が可能。)

先見の明に長けた妻は、ブックエンドにこう命令した。

『ミルクを混ぜるのは貴方。ショウちゃんにミルクをあげるのは私』
『貴方は家事を担当してね。ショウちゃんの育児はちゃんと、私がやるわ』

そうして彼女たちは役割分担した。
家事と雑務をブックエンドに任せた彼らは、家族で過ごす自由な時間が増えた。
彼らは理想的なサイクルを確立した。

「ショウ様。本日の間食は、砕いた肉じゃがを湯で薄め、食べやすくしたものです」




『だーぁ! ぱぴぴ』

「ショウ様。入園式のお召し物のサイズは問題ございませんか」



『なんかおっきい』

『ショウ様。本日よりマスターは勤務時間10時~16時のお仕事を開始されました。よって小学校が4時間の日は、ワタシが保育を担当させていただきます』



『ブックエンド! じゃあ、遊んで! ゲームの通信しよ』

息子にとって、ブックエンドは『家政婦ロボット』だった。
それは姉でも母でもない、独自の関係性だった。

『ブックエンド! へへ……。な、なんか……その、可愛いセリフ、言ってほしいな……』

「では、”女の子に言われたらドキッとする台詞CDブック - 100種類の音声が収録!”を再生します。『ねぇ……ぎゅっとして?』。『ちょっとアツくなってきちゃったな』。『そういう風に笑うの、可愛」



『ブックエンド、この分からず屋! 
 俺がしてほしいのは……、そういうのじゃなくて……』

「ショウ様。XX大学への合格を、このブックエンドは心から応援しています。その為のメンタルトレーニングを──」





「ショウ様、ご結婚おめでとうございます」



『ありがとう、ブックエンド』


ブックエンドは結婚式に呼ばれなかった。
彼女はロボットだから、と妻が反対したのだ。
しかし息子はそれに納得できなかった。

最初から、妻はブックエンドをヒトと同様に扱うことを恐れていた。
ひと悶着あった後、"別のマスターを探しに行く"という名目でブックエンドは売却された。

大げんかを起こした家族は、元の形に戻った。

雇用期間は26年だった。