Eno.186 幻夢の囚われ少年

■ 少年の記憶──05(3DAY)


案の定、起きだすのは陽もだいぶ登り切ってしまった頃になった。
ぐりぐりと目を擦り、ふわ~と欠伸を一つ。硬くなった体をほぐす様に両腕を天へと伸ばす。
落ちてくる途中で両頬を両の掌でぱしっと小気味好い音を鳴らし気合注入。

「おし!オレは諦めない!」


何を?というのはさておいて。
今日も『ゆうれい島』の探検だ!……の前に、風呂に入ろう。寝る前に入り損ねたから。
多少の汚れなんか気にしないけど、カッコいい男が不衛生でいるのはダサイからな。





*ちゃぷちゃぷ*


ドラム缶に海水という簡易風呂ではあるが、それでも十分に命の洗濯はできているだろう。

……でも暑すぎるな。
温度調整なんかできるわけもないんだ、この気候で熱々の長風呂は危険そうだ。ほどほどにしておこう。



*ゆらゆら*
湯船に揺れるアヒルちゃんをつついたりしながら少年は思索する。


──…うんと小さな頃から夏休みなどに田舎の祖父母の元によく遊びに行っていた。
青々とした山と清涼さ抜群な川を携えた大自然の中に建つ昔ながらの和造りの古風な家。
風呂は五右衛門風呂だし、トイレは水洗じゃないし、エアコンもないし、コンビニもあるわけないし、町にでるには車で数時間はかかる不便さ。
近くには廃校になった木造校舎があり、夜はいつ幽霊が出てきてもおかしくはない不気味さと様々な虫の声が鳴り響いていた。

ビルに囲まれた都会の中で近代遊戯を楽しむのもいいけれど、田舎の自然の中を一人自由に駆けまわり冒険するのが大好きだった。



『おうちに帰れそうな時とかね』


おばけにそう言われ、あっと唐突に思い出した。
そうだ、オレは"家に帰ろうとしていた"のだ、と……家族の元へ。

迷子だった──というのとは少し違う気がするが、
ともかく帰りたくても己の意思だけでは帰れなくなっていたのだ。
ただ、それがいつどこでどんな状況でそんな事態に陥ってしまったのかまでは思い出せない。

己の名前も歳も生い立ちも何者であるかもわかってはいるのに、最近の記憶の一部だけが抜け落ちてしまっている状態だ。
その事に関して今のところ不便はないし、記憶が曖昧なのは夢の中ではありそうな現象だと納得してはいる。
でも、

大事で大切な"ナニカ"を忘れている。

ソレを思い出せない事にモヤモヤと胸が疼く。
どんどん気になってきてモヤモヤどころかズキズキと痛み出した気さえする始末だ。
どうしたら思い出せるんだろう。うーん。うーん。


「あ~…ちっとのぼせてきたぜー……」




少年は痛む胸に手を添え心臓付近をゆるりとなぞる。そこにあるのは覚えのない傷跡──……