■ 思い出
……この間の、酷い夢の事は忘れていたかった。
まあ、俺だって一応男な訳で…………こういう時は、本当に忌々しいとも思うが。
そして、彼女を起こしに行った日を思い出す。
それは日課だった。
誰かに言われた訳では無いが、俺がやるべき事で、ルーチンワーク。
彼女の部屋に行き、ドアをノックし返事を待つ。
返事が無ければ部屋に入る。
ベッドで惰眠を貪る彼女を叩き起して、着替える間に部屋を出る。
────だけど、あの日は違った。
部屋に入ると彼女が床にへたりこんでいて。
苦しそうに、息も絶え絶えにしていて。
「……弥紗?」
呼び掛けた彼女の眼は────柘榴の様な、紅い色。
だけど、疑問が浮かぶよりも、その瞳に見惚れてしまって。
「、くー、だめ……、こない、で……!」
そういう彼女の言葉に反し、身体は自ずと引き寄せられる。
まるで、獲物が餌におびき寄せられる様に。
まるで、誘蛾灯に溢れる蛾のように。
(飛んで火に入る夏の虫、とはこういう事か)
なんて、頭の片隅に思い浮かんだ。
彼女ももう堪えきれなかったのだろう、近付いた俺の首元だけを見つめている。
あの子が。俺を。俺だけを。
そのまま、ゆっくりと近付いて。
俺の肌に……牙を突き立てた。
────つぷり。
甘い痺れが一点から身体中へと広がる。
それは、恐らく時間にしたら一瞬だが────まるで、永遠と錯覚してしまう程に。
「…………ぷはっ」
口の端からはしたなく血を垂らしながら、俺から彼女が離れていく。
その姿すら、今だ幼さを感じるのに妖艶で。
俺はまだ恍惚感から抜け出せずにいたのだが────
「はー……まっず」
そう顰めながら言う彼女を見て、正気に戻る。
待て、今一体何が起きていた?
疑問だらけの俺は勿論質問をぶつけるも、「ぁー……待って待って、とりあえず朝の準備させて……学校行く間に話すからさ」と言われてしまい。
今まででならばそれでも問い詰めていたのだが…………逆らえなく、なっていた。
本能が拒絶反応を示していた。
……そう言えば聞いた事がある。
『吸血鬼には血袋────
晩餐代わりとなる、眷属を造る力』があると。