Eno.250 オクエット・ストレングス

■ Ⅰ.『憧憬の海 アドミレーション・オーシャン』

オクエット
「なあエヌ、海を知っておるか?」


エヌ
「……海?
 見たことはないけど……大きな湖。……が、生き物見たいに脈打ってる……らしい」


オクエット
「……。……全く想像がつかぬな……
 脈打つ湖とな。なんとも奇怪な……風で波打つ湖面、というわけでもないのであろう?」


エヌ
「うん……水が、まるで生きてるような…………ティオールの、言葉、だけど。
 でも、何でまた?」


オクエット
「あぁいや、単純に気になっただけだ。
 記憶は別であっても、世界に順応するために他の者らの知識も蓄積されてゆくだろう? それで『海』という単語に気が付き気になったのだ」


エヌ
「あぁ、なるほど。
 ……シャルル様は、この世界に……海を、作らなかった……いや、作れなかったんだと、思う」


オクエット
「ふむ? そうなのか?
 なぜそのように考える?」


エヌ
「この世界は箱庭世界。比喩ではなく、箱の中に世界がある。
 海は、陸地の最も低いところを0と考えれば、マイナスになる。
 つまり……箱の、底にまで世界を作ることになる。
 ……多分、これ以上更に難しいことになる」


オクエット
「あぁ、なるほどなあ……世界を作るのであれば妥協しなかったであろうが、
 あくまでもシャルル様は占いにしか興味がなかった。
 ……占いのために我々というアーティファクトを作る執念も、相当であるがな」


エヌ
「……違いない」





エヌ
「……オクエット。僕も、一度海は見てみたい。
 ……見たら、教えて」


オクエット
「あぁ、そのときは必ずエヌに自慢してやろうぞ!
 エヌも、もし海を見たら余に教えるのだぞ!」




◆-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-◆


集団漂流という、不可思議の現象が起こる島に呼び出された。
どうやらアルカーナムは、魔力放出の一環としてこの『島』の運命を占ったようだ。
てっきり誰かが占いを行った、あるいは誰かがカードを拾ったのだと思い、いつものような自己紹介をしてしまった。余の話で混乱する者が何人か居た。失敗した、素性は黙っていた方が賢明だったかもしれない。

アルカーナムは特殊な機構だ。このようなアーティファクトを目にしたことがない者も多い。
信頼を得るために素性を明かすことが必要である一方で、あまりにも突拍子もない話は虚構だと疑われる。今回は、恐らく後者だ。


幸いなことに、穏やかで協力的な者ばかりだ。そして船も通るという。
水を作ることも、食料を得ることもできている。今のところ、全てが順調だ。
慣れないこと、分からないことは多いが状況はずっといい。
余が頑張らなければ。しっかりしなければ。


力の正位置として。そして領主として、皆を生還へと導いてゆかなければ。
それが。我らが役目であり、我らの存在理由なのだから。


けれど、少々はしゃいでしまう。
海、というものは、我々アルカーナムにとっては夢物語のような存在だ。
風に腐臭のような、けれど決して嫌な臭いではない香りが乗ってくる。
水の胎動の音が、これほどにも心地よい。
スミレからもらった貝は不可思議な味がした。今まで食べたことのないものの味だ。

どれもが新鮮で、楽しんでしまっている自分がいた。