Eno.472 ベル中尉

■ 陸軍中尉遭難記録 其の参

日が巡り、再び夜。戦闘以外でこうも密度の高い1日はちょっと思い浮かばない。
軍から支給されるような背負子を自分の手で作ったり、砂浜を探索して物資を集めたり、少女のちょっとした悩みを聞いたり。生死がかかっているのは当然だが、それすら戦場とは比べ物にならないほど穏やかなものだった。


夜になって降り始めた雨。少しの風雨では倒れないように空き瓶の下部を砂に埋め、懐中電灯で照らしながら雨水が溜まるのを待つ。

…平和でありますね…



少し先を照らせば波打ち際、その先には漆黒の闇と底なしの海。潜水竜や艦竜の脅威のない海など、祖国の周囲にはほとんど存在しない。

………


…此処は、一体何処なのでありましょう。



生活を共にしている仲間達。少し話しただけでも、彼らの言葉に知らぬ言葉が紛れているのが分かった。ぷれすて、などその最たるもの。どうやら娯楽の為の物らしいが、祖国では娯楽に現を抜かすほどの余裕は何処にもない。
だからといって彼だけが異なる世界からやってきたわけでもないらしい。半人半鯱、伸びる猫、鳥人、或いは只の人。それぞれがそれぞれを知らぬような口ぶりだった。

きっと、皆が互いを知らぬのだろう。ここはそういう場所なのであろう。それ以上は考えても仕方ない事。
彼は考えても仕方ない事は考えない、そういう人間だった。ただ目の前の事だけを見据え、今必要な事を行う。その思考が彼を戦場から生還させてきた。

…よし、溜まったであります!雨が降ると大漁でありますね!



安全な水、それは命を繋ぐのに必要不可欠。しかし水も時間も食料も無限ではない、溜め終わったら早く帰らねば。
たっぷりと水を湛えた瓶、水筒。行きよりも重量を増したそれらを全身に携え、砂に埋もれていたドラム缶をごろごろと転がしながら、彼は拠点への帰路に就いた。