Eno.250 オクエット・ストレングス

■ Ⅲ.『不完全性創造物的感情論 ティン・ウッドマン・ハート』

エヌ
「……シャルル様は、何故、僕たちを『不完全』に作ったのか。
 心も、感情も……道具なら、不要のはず」


オクエット
「魔術師は暇があれば悩むな。
 だがそれに関しては、余は分かる気がするぞ」


エヌ
「……どうして?」


オクエット
「アルカーナムは人の心に触れる。
 その者の記憶、感情、意志……そして、願いを持って我らを呼びだす。
 振れるために、呼応するために、あえて『不完全』にお作りになられたのではと考えておる」


エヌ
「……それは……テラートの、受け売り?」


オクエット
「いや、余の持論だ。
 あやつであれば、『人間の強い願いが私たちを呼び、彼らの運命を動かせる。
 それが我らアルカーナムの民の喜びであり、存在理由。
 故に寄り添うために、彼らと同じでなければならない』
 と答えるであろう?
 あやつの説く、アルカーナムの宗教という名の思想そのものだが」



エヌ
「……意志の強さ。霊力を持ち、獣や民に寄り添う、小さな統率者。
 だからこそ、感情論を肯定する。
 ……オクエットらしい、とは思うけど」



エヌ
「…………ほぼ同じじゃない?


オクエット
「…………」


オクエット
「……そうだな?」





オクエット
「ところで。
 汝にとって、心は邪魔か?」


エヌ
「……邪魔、だと思うことは、多い。けど、」


エヌ
「……冷たいオクエットは、似合わないから。
 こっちの方が、いい」


オクエット
「……ふ、奇遇だなあ。
 余も、こちらの方がずっとよい」






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スミレと少し話をした。
話したくない部分を突かれたからはぐらかしたが、少し本音が出てしまった。同時に彼女はかなり働く。働いて、成果を出し、皆をまとめ上げている。

自分にはできるか。 ―― 否、自分にはできない。できていない。

休めと言っているのは、あまりにも上手くやるからでは。
自分がやるべきこと以上に、彼女がやってしまうからでは。
自分が何もできていないとは思わない。やれることはやっている。纏め、指示を出している。
だけど、やれることしかやっていない。身を削ることもしなければ、あのように誰もが見て『無理』と思う働き方もしていない。

分からない。彼女の方こそ、上に立つものとして相応しいのか。
余のやり方が間違っているのか。……アルカーナムでの余の在り方は、間違っているのか。



そんなことを考えて眠ったせいか、悪い夢を見た。
自分の村が燃える夢を見た。
魔物の襲撃を受けて壊滅する夢を見た。
実際に何度かあった。箱庭世界に『死』という概念はない。村が壊滅しても、民……小アルカナも、大アルカナも生きている。そこから再び復興し、元通りの暮らしへと戻る。
勿論防げることだってある。むしろ防げることの方が多い。
だから。滅ぶのは、凡そ余の責任にある。


……アルカーナムは、『取返しが付く世界』だ。
誰も死なない。破壊と再生が常に表裏一体だ。悲劇もやがて薄れ、記憶となる。
だが、外の世界はそうはいかない。死すれば死ぬ、二度と元には戻らない。やり直しは効かない。



―― 寝ている間に溺れた者や負傷した者が出た
―― 対応できずに皆に任せっぱなしだった
―― 慢性的な資材不足を未だに解決できていない



……獣の怒りに触れてできた傷が痛い。