Eno.250 オクエット・ストレングス

■ Ⅳ.『良き隣人 ビーストフレンド』

オクエット
「聞いてくれエヌよ! 湖のヌシが釣れるかどうかの占い、見事やり遂げてきたぞ!
 あの嬉しそうな顔! 思わずハイタッチまでしてしまった!」



エヌ
「お疲れ様……あの硬そうな人が、そんなことしたんだ……
 オクエットの、頑張りがあったから、こそだよ、きっと……」



オクエット
「そうであると嬉しいな!
 そして、それだけ悲願であったのだろうなあ。
 水鳥たちに追わせて、ヌシを追い込んで釣り針の方へと誘導してな。
 あと余も水に入った



エヌ
何してるの?



オクエット
「何って、共に追い込んだだけだが?
 獣は余にとって唯一『変化する』友人だ。従え支配する力があれど、余は彼らとは良き隣人でありたいのだ」



オクエット
「この世界では、小アルカナも大アルカナも変化せぬ。獣は死して、また新たな生を授かる。友を見送り、また新たなる友を迎える。
 小アルカナにとって余は領主。大アルカナも1/3は領民だ。対等とは言い切れぬ。領の外の者らは遠くて殆ど会えぬからなあ」



エヌ
「……でも、狩猟は……いいって、してるから……不思議だな、って。
 領民が獣を狩るのは、いいの?」



オクエット
「良い……と、心から言えればよかったがな。
 どうしても良心は痛む。が、民が生きる上では仕方がない。それはそれ、これはこれ、だ。
 それに猟の禁止区域があるであろう? あそこに余の腕や足たる者らは住まわせておる。故に、問題ない」



エヌ
「……そう。上手く、やれてるならよかった。
 じゃあ、僕は……人として、よき隣……」



エヌ
「…………」



エヌ
もしかして僕、獣として扱われてない?



オクエット
獣故に余と親しくできるのではないか?



エヌ
僕は人としての隣人であろうって言ってるんだけど?





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失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した
余のせいだ獣を隣人とするからだ余のせいだ上に立つ者としての振る舞いが足りなかった余のせいだ導くどころか真逆のことをしてしまった余のせいだ余のせいだ余のせいだ余のせいだ余のせいだ余のせいだ



私情なんて持ち込むから
何度も何度も言ってきただろう、『内は人間、外は道具』と。
『結果が全て』と。それがシャルル様の望んだ魔法具。人に使われ示した『結果』の通りの運命を掲示することこそが喜びだと。
余はアルカーナムのタロットカード。人の運命を操作する神秘。それが、隣人らに情を抱いてしまったが故に、崩壊した。

いつも、皆口にする。
『占いに私情を持ち込むな』
『箱庭世界では人間であっても、外の世界では道具として望まれている』

占いの結果に付随する存在が、我らだ。
ただの導くだけの存在だ。そこに我らの感情も、私情も、何もない。



―― ここでは、独りなのだ
―― 箱庭世界の友も、良き隣人も、運命の天啓を望む者も、誰もいないのだ


イノシシに傷つけられたときに、今まで当たり前のように良き隣人であった者らが牙を剥いてきたことに。
そうして、余が彼らにとって『害悪』であると理解して。
……隣人に裏切られて、同時に裏切ってしまったのだと、分かってしまったので。

だから、獣を連れて帰ろうとしたのに。
最も優先すべきことは、獣を持ち帰り、皆の食糧にすることであったのに。

逃がすと、思われたことが。逃がされたことが。
こんなにも……こんなにも、悔しくて、腹が立って、信頼されていない己が情けなくて、自分は思っている以上に何もできていなかったのだと、思い知らされて、





……余は。そうか。
余は、ここに居る誰かに望まれてここに来たわけではなかったのだから。

要らないのだ。スミレの言葉で、理解した。




獣に傷つけられた傷が痛い。
が。もう、捌ける。ここでは動物は良き隣人ではない。獲物だ。食糧だ。

初めて口にしたイノシシの肉は、味がしなかった。
正確には何か味はした。したはずで。

覚えていたくなくて、味を、忘れた。