Eno.215 ウィンブルーム・モーゼル

■ 【演目:回想—塹壕の思い出—】

(何も書かれていない真っ新な演劇部の台本のページの一部だ……)








(そのページに、イラストと文章が乗る。古い旧い昔の大戦、学生にとって
 歴史で学ぶような人々の争いの残滓、その思い出の一部。自分の両親が
 話してくれた、不思議な塹壕戦のお話を書き綴る。)



『人類は先の大戦で二度、全世界が戦火に包まれた。
 人は、動物は、縄張り意識を持つものである。生命体であれば、自身の居場所を
 他の何かに侵されたくはない、その気持ちは共通認識で持っているものである。

 森川クンが話した、人間が人為的に雨を降らせた発明…原子爆弾もそうだ。
 人は自分達を守るためならば、他を厭わず正義の名の下に鉄槌という愚行を下せる。』

『だけれど、一度目の大戦はそうじゃなかった。確かに歴史の授業で学ぶであろう
 兵器たちはどれもこれも先のものと変わりはない。
 塹壕戦という膠着した戦線は、お互いの陣営を疲弊させていくものだった。
 まさにサバイバルだったと言っていい。泥、陣地に貯まる水、そしてその水が
 不衛生な環境を呼び、脚を凍えさせる現実……。』

『ワタシが塹壕を掘るのは、先祖達が経験した大戦に想いを馳せるからではない。
 あの独特の閉塞感と冒険的な雰囲気、そして更に昔の旧き良き時代の空気があるからだ。
 ずっと、適当な事をして『錬金術師』かも、等とホラを吹いているものの……

 自分でも結局の所は驚いている。両親が聞かせてくれた話に、こんなものがあった。』



 塹壕戦が勃発した大戦期、父の家系は塹壕掃除用の兵器開発を任されていた。
 トレンチブルーム(塹壕箒)……という名目で各国が各々の兵器を開発していたが
 結局父方の家系では開発中に大戦が終了し、その兵器は後々の大戦に活かされた。
 一方、母方の家系は各家庭向けに信頼できる掃除用品を売り出し続けていた。
 もちろん軍隊でも掃除用具は必要だからと、納入されて大戦の塹壕にも届けられた。
 戦う目的の道具ではなく、生活する為の道具が優先的に送り込まれたとか。

 要は戦いとは武力だけが全てではなく、生きるために知恵を働かせて、道具を
 上手く扱って生き残るのが肝要だというのだ。 泥臭い戦場でも、綺麗なら———
 過酷な環境でも、整った設備と空間があれば人は生きていける、という教訓。



『武器を用いる戦いよりも生活が優先される事がある、という。
 今のクラスメイト達は、比較的整った環境に置かれて次の「戦い」……食料の
 安定的な供給と木材の確保、そして「設備の故障」に立ち向かっている。

 雨が降り、不安定な天候がやってきた。これは嘗ての大戦と同じようなものだ。
 しかしワタシ達には充分な備蓄ができる貯水設備もあるし、快適に過ごせる
 校舎をイメージしたテントの改装拠点もある。道路だって舗装した……。

 随分と変な話だと思う。でも、誰かが言っていた「ここは異世界ではないか」という
 言葉を想うと、ちょっとそうなのかも、なんて思ってしまう。現実的に考えて
 遭難当日にあったボトルメッセージの内容を見ても、そうなんだろうと思っている。

 それでも、ワタシにとっては楽しい修学旅行だ。ケガしたり、泣いたり笑ったり。
 赤座サン達が麻雀をし始めたりした時は、心の底から安心したりした。
 女子大多数とお風呂も入った。皆ケガしたりしてるけど、元気な方だった……。』



『父は名門兵器産業のファミリーで、母は大戦期にも供給し続けた掃除用具ファミリー。
 その間にいるワタシは、こうしてサバイバル生活をして思う事がある。

 電気文明に慣れ切ったワタシ達でも、こうやって一昔二昔前の生活ができるのは、
 恐らくは生存本能があるからだろう、と。

 ……金剛院サンは相変わらず無理をしている事がある様子。
 今回は休息をずっと取っていたけど、今日はもう少し働かないといけない。
 寝ている時に食べたキノコの影響か、体調が微妙に優れないなと感じた。
 猛毒でなければいいんだけれど。まあ、大丈夫だと信じたい……。』




(後はひたすらに、各クラスメイトの顔がデフォルメされて書かれている)