■ 陸軍中尉遭難記録 其の肆
島が徐々に発展していく。倉庫や拠点はもちろん、岩場には灯台が、森林には道路までもが開通した。各地には狩猟罠や漁業罠、蒸留装置と時間経過である程度の収穫が見込める仕組みが整いつつある。もはや文明すら感じさせる、と言っていたのは誰であったか。

何だか、漂着してきたのが随分と前に感じられるでありますね。
最初は飲み水ひとつとっても海水から少しずつ蒸留せねばならなかったのが、今では設置された蒸留器で少量ではあるが自動で得られるように。食料も当初は木の実や打ち上げられたサメしかなかったのが、今や窯でパンを焼けるまでになっている。生存がかかれば、人間の想像力と発展は止まるところを知らぬという事だろう。

…まさか、遭難がこれほどに平和であるとは。
拠点の外、普段の癖で歩哨として立ちながら独りごちる。
仲間が全員で結束しているのもあるが、それ以上に外敵の不在が大きい。これが自分達の世界であれば、歩兵竜や飛竜の脅威に晒されながらのサバイバルとなっていただろう。そうなってしまえばこんなにのんびりとはしていられまい、下手をすれば死人すら出ていた可能性もある。この島がそうでないのは僥倖の一言に尽きる。
…とはいえ、野生の獣の襲撃に遭う可能性がまるでない訳ではない。故に彼もこうして見張りの任を自主的に行っている。
たまに巫山戯る時もあるとはいえ、彼の本質は軍人。仲間が外敵の危険に晒された場合、真っ先に敵に向かわねばならないと理解している。

とはいえ、何事もないことに越した事はないのでありますがね…
あやしいキノコを分け合って食べたり、雨乞いの儀式をしたり。この生活が楽しくないと言えば嘘になるし、長く続いてほしいと願っている。願ってしまっている。
いつか島は完全に沈むし、その前にここから脱出せねばならない。そうなれば、あの愉快で頼もしい仲間達とはお別れとなるだろう。それも、きっと今生の別れに。

………
彼は軍人であり、戦場での仲間との別れも少ないわけではない。言葉を交わす間もなくこの世を去った戦友も、気付かぬうちに旅立っていった仲間もいた。だからといって、離別に対して何も感じない訳ではない。
仲間との別れ。それは、考えないようにするには少しだけ重く、湿っぽく、そして近くにある。
静かな森を見つめながら、少しだけセンチメンタルな気分になる中尉であった。