Eno.250 オクエット・ストレングス

■ Ⅷ.『現状の把握と考察 カンファメーション』

トラレ
「あら、お客様かしら?
 いらっしゃい、アルカーナムの占いをご希望?」


ラドワ
「初めまして。
 私はあなたの未来のお友達よ」


トラレ
「まあ! タイムトラベラーのお友達だなんて素敵!
 私はトラレ・ツェ・ループン。この森の魔女よ。
 あなた、お名前を教えてくださいませ?」


ラドワ
「私の名前はラドワ・セリニィ。
 いい迷惑なのに『賢者』の呼称がついてしまった哀れな魔術師よ。
 ……それはそれとして、未来のあなたに頼まれてここに来たの」


ラドワ
「そのアーティファクト、アルカーナムは技術としては幻想世界のものに近しい。
 この世界では禁術である夢術を利用して造られたもの。
 ここの森は『永遠夢境の森』と呼ばれている。
 『精神の弱い者がこの森で眠ると、
 森の空気に毒され穏やかな夢を見ながら永遠に目を醒まさなくなる』
 と言われるほどに、精神的な作用が働く森」


ラドワ
「……ここ、幻想世界の、夢属性の魔力があふれているの」


トラレ
「うふふー、よくご存じね。
 そう、ここはどういうわけか幻想世界と同じような魔力で構成されている森なの。
 どうしてなのかは誰も分からない。
 けれど、分からない方がとっても神秘的で素敵でしょう!」


ラドワ
「流石『神秘の魔女』だとか『夢幻の魔女』だとか呼ばれるだけあるわ。
 さて、ここが現実であると定義して、現実にとっての夢物語や空想が集う世界。
 ある意味この世界の反転世界に当たる世界が幻想世界と呼ばれている。
 性質上、物語の世界とも言われているその世界」


ラドワ
「シャルルは、その世界の占い師とこの世界で出会った」


トラレ
「えぇ。幻想世界の住人は、自分とそっくりな現実世界の住人に引き寄せられ、
 召喚されることがあると言い伝えられている。
 こんな場所だったから余計なのでしょうね。
 彼と物語がそっくりな幻想人が召喚された」


トラレ
「幻想人は、決まった物語の筋書きを与えられる。
 決められた役割をこなす。
 だけど、現実世界ではその役割の制約は受けない。
 シャルルに出合った占い師は、幻想世界において胸を張って夢を語った」


トラレ
「『絶対に当たる占いを作る』。
 ―― 役割がある世界で、占いなんて本当に役に立つものなのか。
 そもそも不確定を見据えるものが占いであるはずなのに。
 シャルルは彼の夢に触発されて、絶対に当たる占いを作った」


トラレ
「そうしてその幻想世界の存在や魔力を参考にし、
 造られたのが『運命の天啓 アルカーナム』」


ラドワ
「……えぇ、私の知っている知識に相違なし。
 そして未来からのあなたに伝言を頼まれてやってきたの」


ラドワ
「アルカーナムは幻想世界の住人が現実世界へ呼び出されるための機構とよく似ている。
 カードが器で、心が核。一種の召喚獣のようだけど、
 人型を維持をするためには人の願いに契約を結ぶ必要がある。
 ……あなたの召喚は例外だけどもね」


ラドワ
「願いが終われば箱庭世界へと戻る。
 だから、カードから切り離すことができない。
 人格も、心も、容姿も、カードというアーティファクトが壊れれば壊れてしまう。
 その人型を生むものは、あくまでもカードだから」


ラドワ
「存在維持のためのために、道具であるために。
 カードと人型を切り離せない、とずっと悩んでいたけれども。
 ぶっちゃけ、そのあたりをガン無視すれば、結構あなたの『願い』って現実的なのよ」


ラドワ
「……さて。話が長くなってしまったけれども、あなたがずっと願ったこと。
 もっと早くに知りたかったと言ったから教えに来たの。

 カードから人の心へ、完全に依り代を移行させる方法を







トラレ
「……何故、ラドワは私のどうしてそんな知識を知っているの?
 夢術は禁術。幻想人と人間が共に歩む術なんてこの世界どこを探してもあるはずないのに」


ラドワ
「それは私が夢術を習得した魔術師であるからという理由と」


ラドワ
「人間に物語の代筆を頼むことで、人間と共に生きる幻想人を知っているから」






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現状を整理する。
召喚主の存在しない召喚。それはあり得ぬはず故、その場にいない『メッセージボトルを送った者』、あるいは『島そのもの』の運命を占った可能性が高い。
どちらにせよ、その場に契約者がいない以上願いに依存できない。願う者の存在に依存できない。
結果として、箱庭世界の本来の役割というものを強く意識し動こうとしたのだろう。弥生やペオニーの話から、それからそのような状態にある自分を想像してみる。
無理をする者が多かった。森林で揉めた者がいた。
本来の在り方として在れなければ在れないほど、自身に齟齬が生まれ、精神的な負荷がかかる。
結果。強い精神負荷により、心が……核が、壊れた。
そんな状態で、ペオニーが再度、余を呼び出した。
今、契約者はペオニーである。
ペオニーの願いは、全員の島からの生還。正位置召喚なので、『素直に』力添えができる。
壊れた状態での再召喚が行われ、記憶の抹消が起きている。
軋む身体。動かなくなりつつある人型。
壊れたまま ――余は駆動している。



これは前例がないが、確信していること。
占いの結果は、絶対だ。決して放棄は許されぬ。
願いが叶えられない、ということは……ある。叶えられるはずのない願いは、願いを諦めさせる方向へ結果が向かう。また、結果が動こうとして、動ききれなかったということもある。
そもそも。占いとは、願いを叶えるものではない。願いの未来を予言し、事を動かすことである。我らに強制されているのは、この部分。
要するに、『最後まで』『叶う叶わないは別問題として』『占い結果として予言された未来へ事を動かすこと』が、我らが役目。逆に言えば、途中放棄は決して許されず、何があっても最後まで占いは遂行される。
故に。存在自体は、必ず船が来るまでは持つ。
これは、確信を持ってそうだと言える。



ここからはシャルル様の性格から推測すること。
記憶が消えたことの推測だ。
核が壊れた、魔法具に修理が必要な状態だったとしても、占いを取りやめることは決して許さないだろう。
故に、必ず占いを最後まで実行させようとする。そのためには、再び動くために手っ取り早く精神負荷を取り除く必要がある。
最も簡単な方法は、記憶の消去。
召喚された期間から、事に至るまでの記憶の消去。
それから、記憶の持ち帰りの拒絶。箱庭世界との同期をさせないために、カードと人型の繋がりを絶つ。
カードへの帰還が必要ないのであれば、カードと繋がりを切ってしまって人の願いに依存していれば人型は保つ。恐らく契約が終われば自然消滅か、その場に人型の『抜け殻』が残るかするだろう。
ただ、この場合自身の駆動が不安定になる理由が分からない。
シャルル様のことだ、それこそ『使い捨て』として『本来のパフォーマンスが発揮できる』状態で、最後まで占いを実行させるだろう。


再召喚した、と言っていた。
もしかすると、必要な処理が行われる前に、召喚が上書きされた?
その結果、魔法具としても意図せぬ挙動が起きている?





……いかなる状態だとしても、魔法具が壊れている以上きっと帰ることはできない。
帰れないのならば、いっそ。

なんて、悪い考えが過って。シャルロットのことを思い出して。

その考えを、振り払った。