Eno.472 ベル中尉

■ 陸軍中尉遭難記録 其の陸

ついに嵐が到達した。荒れ狂う天地、迂闊に外に出ようものならあっという間に体力を削られる大自然の暴威。拠点から出るという選択肢が実質的に封じられた中、彼らが何をしていたかと言うと…

…恋バナであった。

恋、でありますかあ…



恋愛経験のない彼と違い、ここには意中の相手がいたり想い人を残してここに来た人もいる。その意中の相手に嫌われていたり、そもそも恋愛が許されない世界であったりもするらしい。世界が違えば恋愛模様も違うのだな、と少し不思議に思ったりした。
ヒノワ帝国ではそういった恋愛に制限があるといったことはないが、如何せん今は戦時中。平時ほど恋愛に意識を向けている余裕はない。加えていつ誰が死んでもおかしくない戦場、下手に恋人を作ることすら躊躇われる。
だからこそ、意中の人や理想の人について語る恋バナは十分娯楽として成り立つのだ。

人の恋路は聞いているだけでも楽しいでありますね。わくわくするであります。



…してみたいものでありますねえ、恋。



人は相手の美醜をひとつの指標にするらしいが、彼の顔はもはや美醜どころの話ではない。他の指標としては精神性があるらしいが、これも自分ではよく分からない。
では逆に彼の好みの相手は何か。少なくともロッカーや銃ではない事は確かだが、それ以上の事となると途端にぼやけてくる。記憶がないという事ではなく、大した好みがないのだろう。女の裸を見れば目を背ける程度の恥じらい/社会性はあるが、それだけだ。

そういえば、よく部下からも揶揄われていたでありますね。仕事人間だとか何とか。



別に彼は仕事に恋しているというわけではない。職務を優先して己の事を後回しにしているというわけでもない。ただ、気が惹かれないのである。
どこかおかしいのではないかと冗談半分に言われたこともあるが、こうも他人に惹かれないのは実際そうなのではないかとも思う。それが分かったからといってどうしようもないのであるが。

…彼らは、元気にしているでありましょうか。



向こうの世界に置いてきた部下。彼らが無事でいるか、その恋人達も無事でいるか。ふと気になった彼であった。