Eno.110 永久の旅人

■ <それ>の記録




目の前に<私>にまつわる手掛かりがある
自分は何者なのか?
疑問に思うことはあったけど

「ここに来た頃は何もかも忘れていて
 不安でいっぱいで…
 何か思い出せないかと躍起になっていたわね」

「でも…」


「もう、それも必要ないわ」


倉庫から借りて来た石斧でスーツケースを叩き割る
旅行用のキャリーとはいえ、鈍器で打ち付けられると ひとたまりもない
<それ>は私によって何度も打ち叩かれ、やがて元の形からは想像もつかない姿になった

今夜は嵐だ、雷鳴も鳴り響いている
念には念を入れて、拠点から少し離れた場所までやってきた

…このことは誰にも気づかれていない

「これで、いいのよ
 私は、今が幸せなの…
 もう、そっとしておいて」


…終わった
<私>の手掛かりはもうどこにもない
過去の自分と決別したのだ
これからも西島として自由に生きていけばいい
嵐は おさまりそうにないが、不安に思うことももうない…今日はよく眠れそうだ

(みんなの所に帰ろう)






「!?」


振り返ると、<それ>は私の前に立ちふさがるように佇んでいた

「壊したはずなのに、どうして」


この島では不可解な現象が度々発生する
キャリーバックが復活するなんて信じたくはないけど

「理屈は分からないけど、まだここにあるなら早く処分しなきゃ」



石斧を大きく振り上げる
それは雷鳴と共に何度も打ちつけられ、姿を歪めていく
…が、何度壊しても、何度荒波に放り投げても…元の姿で自分の元へと帰って来た

なによこれ、何度壊しても復元されて戻ってくるなんて

「これじゃ私と同じじゃない」






…あれ、何で私も同じと思ったんだろう?
私、壊れたり、どこかに戻って来たことがあるの…?

思い出したくない