Eno.250 オクエット・ストレングス

■ Ⅸ.『道具として、人として ターニングポイント』

オクエット
「……なあ。
 何故、魔女様は我らに『外の世界で暮らす術』など設けたのか?
 この前不思議なご友人が来られて、機構のヒントを得たそうだ。
 ……そうして、実装されたそう、だが」


エヌ
「さあ……?
 『召喚主の手の甲を薄く切って、流れ出た血と共にアルカーナムが口づけを落とす』、だっけ?
 ……血の契約と、似てる。けど、手の甲って、何で?」


オクエット
「召喚主に一生従います、という意味……か?
 術としてはカードではなく契約者の心や願いに依り所を移す。カードから切り離して『アルカーナム』としてはなく、『守護霊』のような扱いとして契約者に寄り添い続ける」


オクエット
「依り所を移すが、アルカーナムはアルカーナムで契約前の我らが生まれる。
 記憶の持ち帰りは行われぬが、『契約が行われた』という記録だけは伝わる。
 あっ自分すっごい幸せになったんだやったー、外の世界の自分幸せにねーって、多幸感でトリップできるらしいぞ


エヌ
言い方。
 ……記憶持ち帰ったら、アルカーナムに残る方が……支障出るから、なんだろうな……」


エヌ
「……何というか。あれみたい。
 人間でいうところの、『結婚報告』


オクエット
確かにそれっぽいが!!







オクエット
「でもこうなると、あれだな。
 汝からその報告、聞きたいな」


エヌ
「それは、僕も。
 君からその報告、聞きたい」





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考えていても、分からないままだった。
このような暖かい場所で、何故自分は壊れることになったのか。ペオニーや弥生のお陰で理由の推測はできたが、実感がどうしても沸かない。
こんなに良くしてくれる人間が居て、よく使ってくれて。壊れる理由が見当たらない。

自分が壊れてしまうほど弱かったから。
きっと壊れてしまったことをよしとできなかったから、余にペオニーは手を伸ばしたのだろう。
帰れないかもしれないこと。アルカーナム単位で考えれば帰れないことはさほど問題ではないことを話せば、ペオニーは余を責め立てた。
分かっておる。余だって、同じ立場であれば納得できずに責めたであろう。
けれど、どうにか納得してもらわないと。
帰れないことが、さほど問題ないのであれば……少しは納得してくれるのではないかと。
怖い。今まで無縁だった死が、近づいてきている。
忘れることも、今までの自分がなかったことになるのも、自分ではない誰かが力の大アルカナを務めることも、怖くて。




……自分のことしか考えていなかった。
ペオニーは、いつだって余のことを考えてくれていたのに。
こうして嵐の中へ飛び出したことも。
余の叶える願いを叶えられなくするためで。
叶えても、叶わなくても。
アルカーナムは関係ない。転機を与えることが、役割だから。
占いは、願いを叶えるためのものではない。




無理やり動かない身体を動かして、飛来物にも当たって、何度も転んで。
汗と、血と、雨と、涙が混ざり混ざってぐしゃぐしゃになって。
危険だ、帰れ。そう警告を告げる頭を横に振る。
走って、転んで、走って、ぶつかって、走って、走って、走って。

森林で見つけたときに、本当に安心して。
ペオニーはこんな状態でも、考えることは余のことで。
どうしようもなく、優しすぎる。
道具を壊さぬよう、使用者が犠牲になるなど……使用者のいなくなった道具など、役目を果たせぬガラクタと同義であるのに。


これまで、このとき以上の恐怖を感じたことはなかった。
追いかけたのは道具としての責務か、己自身のエゴか、分からなかったけれど。

きっと、それは些細な問題だ。


戻ってきてくれて、よかった。





ピオニーが選ぶかどうかは、分からないけれど。
話そうと思う。一つの可能性を。

壊れずに居られるかもしれない……可能性を。