■ 海のメモ
目を閉じてください。
あなたの瞼の裏で、眼球が動いています。
その向う側に微か光が瞬いています。
深く深く、息を吐き出して。
肺が潰れてしまいますから。
∵
∵
∵
──深度100m。
まだ少し明るいでしょう。
薄ぼんやりとした風景は、あなたの微睡みに似ています。
──深度200m。
辺りは暗闇に包まれ始めました。
見渡す限りのトワイライトが、ゆっくりと瞼を開いてゆきます。
──深度300m。
生身の人の潜水記録は大体この辺りでしょう。
ここからあなた方が再浮上するには、来た時の何十倍の時間がかかります。
あなた方の体では、ここが最果ての地なのでしょうね。
──深度400m。
──深度500m。
──深度600m。
∵
∵
∵
──やがて数1000mへ。
あなた方の生まれ故郷、タンザナイトの腕の中。
規則的な心音が響いています。
両手足を開き、あやす動きに身を任せて。
私はどこまでが私で、あなたはどこまでがあなたなのか。
この奥深くは、光も、時間も、音さえ響かない。
私達はそうして、何年何十年何百年も黙しています。
あなた方の宇宙よりも、深く暗く未知に溢れた。
そんな水底で眠っているのです。
夢を見ているのです。