Eno.639 窓部 日向

■ 乾かされたノート



一人も欠けることなく皆で帰りたい。
誰一人も死ぬことなく帰りたい。


『なぜ邪魔な奴を殺してはいけないのか?』

何度も繰り返された問答に、答えは既に出ている。
その目的を果たすためにはクラス全員が必要不可欠で、
死んだほうがためになりそうなどんなに邪魔な奴でも生かさなければならない。
『一人も欠けることなく皆で帰る』ことが大事なのは、そういうことだ。

全員で帰りたいのは、嘘じゃない。
誰も死なないということは、最初で最後の砦だ。

誰かがいなくなれば、悲しむ者も一人ぐらいは現れる。
誰も悲しませないことが不可能なら、あとはどれだけ悲しませたって変わらない。
誰かが一人死んだなら、あとは何人死んだって大した違いじゃない。
最終的に生き残る人数が多くなるなら、どれだけ死んでもいい。

「生き残るために必要だった」と言って、殺してもいい。

心のどこかで本当にそう思っているから、凶器は持たないようにした。
こいつ死んだほうが良いな、と思った時にそれを実行してしまわないように。




「最初の誰かが死ぬまでは。」














この島での生活のために、皆の手で沢山の便利な道具が作られた。
道具があると、時間も節約できて、確実性が上がり、作業自体も楽になる。

それでも実際は、案外色々なことは道具がなくてもどうにかなる。
大変で、時間がかかって、そのうえ確実性は低くなり、損ばかりなだけで。
それで得られるのはきっと、自分はとても苦労してやり遂げましたという達成感。あるいは挫折。





人を殺すために道具は必須じゃない。
殴りつけて、蹴飛ばして、首を絞めるだけでいい。
大変で、時間がかかって、そのうえ確実性は低くなり、損ばかりなだけで。

殺そうと思うのも、殺せると過信するのも、道具さえあれば簡単だ。
俺はそうやって簡単に生じる気の迷いに踊らされたくないだけにすぎない。