Eno.250 オクエット・ストレングス

■ ⅩⅡ.『拝啓親愛なる君へ シャルロット』

「ついたよ……ここが、私の連れてこられた街……」

オクエット
「うむ、よい場所であるな。
 ……少し観光してもよいか? あまりこのような場所に出る機会はないのだ」



「え、でも……ここでそんなに歩き回っちゃうと、見つかっちゃうかもしれないし……」

オクエット
「大丈夫だ、余が付いておる。案ずるな。
 それに、せっかくの友達なのだ、一緒に見て歩きたくてな。……よいだろう?」



「う、うん! そうだよね、オクエットちゃんが一緒だもん!
 大丈夫だよね……」



―― 簡単な話だ
子供一人が連れてこられた場所で、きっと子供が探されているであろう場所で。
子供の足で、片道1週間。帰り道は自分がいたけれど、行きは子供一人。もっと時間はかかっているはずだ。

隠密行動どころか堂々と行動すれば、どうなるかなど分かりきっている。
アルカーナムが、無意味な行動を取るはずなどあるわけがない。



「いたぞ! シャルロットだ!」

「!」

「探したぞ! 一体どこへ行っていた、主様へご心配をかけて!」

「ち、ちが、私は……ただ、お母さんのところへ、帰りたくって……」

「シャルロット……帰ろう、な? シャルロット、怖かっただろ」

「違う! 私はお母さんに会いたいってお願いしたのに!
 なんでっ……何でこんなことするの、オクエットちゃん!!」


オクエット
「…………」



オクエット
「……『余に頼るほど、母親を探す意志が弱い。
 そのような弱き者が探せるわけがない。元の場所へ戻るべきだ』」



オクエット
アルカーナムは、そう啓示した



「そんなっ……何で……なんでぇ……?」

「アルカーナムは……どんなお願いも、叶えてくれるんじゃないの……?」

オクエット
「……占いは。
 願いを、叶えるための、ものではない



「酷い……酷い、酷いよ、オクエットちゃん酷いよ!!
 せっかくお友達になれたのに! たくさんたくさんお喋りして、楽しかったのに!
 そんなのどうだってよかったんだ! 私なんてどうでもよくって、お母さんに会えなくっていいんだ!!」

「友達だと思ってたのに!! オクエットちゃんなんて友達でもなんでもない!!

 大嫌い! オクエットちゃんなんて大嫌い、死んじゃえばいいんだ!!


オクエット
「―― ……、……契約は、これで……終了、だ」



「こ、こらシャルロット、ご友人にそのようなことを
「煩い煩い煩い! お母さんに……お母さんにっ……会わせて、よぉ……ひぐ、うぅううううぅぅ、っぅううあぁぁあああああああ……!!」


オクエット
「…………余、だって」



オクエット
「余だって……
 会わせて、やりたかった……会わせて、やりたかったよ……!!



オクエット
「シャル……シャル……すまない、すま……っあぁ、うあああぁぁぁ…………」





それが、8年前の出来事。
外の人間と関わることが、ちょっと怖くなってしまったときのお話。



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エヌが言っていた。


「願いの聞き届け方は一つでも二つでもない。
 中にはどうしようもないことだってある。それを、僕たちは忘れてはいけない。

 真に大事なことは、あらゆる可能性を視野に入れること。
 絶対に最良を意識するな。外の世界は箱庭世界と違って残酷だ。

 人間のエゴに、僕たちが付き合ってあげているんだ。
 叶わなくても、僕たちの知ったこっちゃない。

 この命は、あくまでシャルル様から受けたものだ



その話は、余には納得できる部分と納得できない部分があった。
あらゆる可能性を視野に入れること。最良になるとは限らないこと。
そこは自分への戒めとして役に立っている。
しかし、人間の願いに付き合わされている、叶わなくても知ったこっちゃないと、切り離して考えることはできなかった。



―― ペオニーに、契約の永続化の話をした

繋ぎ止めようとしてくれたのだから、繋ぎ止められるかもしれない話をしないのは、彼女を裏切るような気がしたから。
自分一人が消えていなくなるだけで済むのならば、自分が嘆くだけで済む。けれど、彼女は契約者としては初めて余が壊れることを嘆いた。自己犠牲の上で余のことを助けようと考えた。ならば、足掻くことが責務だ。

彼女の事情も聞いた。解決するための糸口も見えた。
剣は持っている。ここの金品をいくらか持ち帰れば借金を返せるだろうし、力でものを言わせるような輩が来ればやり返せる。吸血鬼は荷が重いが、グリフォンやミノタウロスくらいであればどうとでもできる。

ただ、一番の懸念は時間だ。もし事が『終わった後』であれば、彼女の両親を
救うことはできない。人間として作られている以上、人間を超える奇跡を起こすことができない。あくまでも現実的な解決法しか我らは取ることができない。時間操作や死者蘇生は専門外だ。後者はテラートであれば条件次第で可能性はあるそうだが。あるいは超越的な力を持たされているシィーンか。


そこは祈るしかできない。
間に合う時間に戻ることができるかどうかは……最早、賭けだ。


……共にあることを。
共に在りたいと、願ったから。
ここを出ても、その先も。

必ず、幸せにしたい。

道具としての心としても。
創られた人間の心としても。

それから、己のエゴとしても。






……道具の夢を見る。

『人間が我らを壊したというのに何故力を貸さねばならない』
『ここへ来なければ壊れることなどなかったのに』
『壊したのは あいつらだ』
『壊した者へ何故恩を返す』

それが、無性に腹が立って。
思わず怒鳴り声を上げて起きるものだから、スミレを驚かせてしまった。

壊れるということは、我ら道具にとって、誉れだというのに。





身体から鳴る音は日々酷くなる。
けれど、7日は、必ず持つ。必ず持つから。