Eno.467 水上 咲良

■ 記録の1ページのその昔と、続き

言ってみれば、あの人は世界のすべてだって思ってた。
優しい言葉のその裏に、どんな危険な色があったって良かった。
苛烈なほど裏返る態度だって、見え透いた嘘だって別に良かった。
だって、他の人じゃ意味なかったんだから、仕方なかった。

きっと頭かカンの弱い人間だって思われてたんだろう。
そんな訳ない、いつも見てるから。知らないことなんて無かった。
全部知ってたって、それでいいって、目隠しをしてただけ。
目隠しを外せるのは自分だけじゃないって、忘れてただけ。


そんな、誰かにあげ損ねちゃった身体も心も。
帰ったって誰かが振り向いてくれるかなんてわからないし。
宛もないなら、捨てていっちゃおうかなんて本気で思ってた。

でも、一人で死ぬのは寂しいなあ、とか。
どうせなら綺麗なままでいたいな、とか。
水死体って、可愛くないんだよな、とか。

そうやってもだもだしたまま、過ごしているうちに。
ちょっとだけ、ちょっとだけだけど。
"ああそっか、人生って別に"
"誰かのためだけにあるわけじゃないんだ"
なんて、そんな当たり前みたいな、信じ難い新事実みたいな。
頭の弱い思い付きが、芽を出しはじめていったんだって。

くだらない話をしながら過ごす眠る前の時間も。
誰かのために作った料理を、誰かが喜んで食べるのを見る気持ちも。
ずっと空っぽだった胃に溶けていった甘い生地の風味も。
別に誰かのためじゃなくて、自分のために追いかけてもいいんじゃないかって。
そう思ったらなんだか、自分の身体も心も、置いて行っちゃうには勿体なく思った。

人生全部を引き受けてくれる運命の人なんていないけど。
いつでも傍にいてくれる誰かなんて、存在するか分かんないけど。
それを良いなあって夢見てる自分のために、ひとまずの今日を過ごしてもいい。
ああそっか、ヒトの生き方ってそういうものだったのね、なんて。

そうしてそうやって過ごした日々の先に。
また自分の全部をあげちゃいたいくらいの誰かを、見つけたっていいって。
気付いたから、馬鹿げたことはやめておく。

ま、ホントに今更な話なんだけどね。
思考整理はここまで!