■ 遭難7日目:追記
脱出キット制作、懸念されていたベルトの数も揃い、あとは作るだけの状態まで来た。なかなか皆で探しても見つからなかったベルトだが、最後の2つは私が一気に見つけて渡すことができた。見つけたのが偶然私なだけではあるものの、少し誇らしい気持ちになった。
思い返してみると、ちょくちょく他の方に運の良さを褒められたことがあったと思う。森の水確保といい、銛のサメ確保といい。これが欲を出し始めると途端に運が悪くなるのだから、不思議なものだ。
以前、運がいいと言われたことがある。これだけ事件に巻き込まれ続ける私が、単純に運がいいとは考えにくいと、そのときは思った。
しかし、人類の大多数にとって何も知らぬまま世界が終わりそうな事もあったのだから、それを認知し、抗う力を、機会を、権利を得られたという意味では、私は本当に運がいいのかも知れない。
しかし、ある人はこうも言っていた。確率や運は±0に収束する、と。
私が運の良い人間ならば。件の数々に巻き込まれたことすらも幸運だったとするならば。私は、どんな形で釣り合いを取ることになるのだろうか。