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あれからロクに顔も合わせなかった小比類巻と話をした。
空屋敷から渡されたであろう脱出道具一式をちゃんと持っていた。
許したわけじゃない。教室に帰れば全部元通りになるとも思ってない。
それでも『一人も欠けることなく全員無事で帰る』という点において、小比類巻は必ずいなければならない存在だ。
たったそれだけの理由が、もう一緒に全部投げ出してしまいたい俺を繋ぎ止めて引きずるように動かしている。
死なれたら困ると言う言葉を、この島で何度か言った。
金剛院には「迷惑な自己満足に付き合わせるな」と言われた。
赤座には「どうして私が死んだら困るのか分からない」と言われた。
小比類巻には「死のうとしてない」と言われた。
自分がどうして死なないでくれとそんなことを言ってせがむのか。
それは結局『一人も欠けることなく全員無事で帰る』という目的のためで、
お前が死んだら悲しむ人がいるとか、そういう分かりきっててつまらない説得をする気は起きなかった。
追い詰められた人間を感情論で動かすことはできない。
理屈でマウントを取って、冷静になる時を待つしかない。
悲しいとか嬉しいとかそういう感情論で人を説得させられるのは、真に優しく温かい人間だけだ。
あるいは、普段からとても親しく仲良くやっている人間。
そして、俺は誰とも親しくない。

俺を刺したあと、どうして小比類巻が泣いていたのか分からなかった。
話をして、理由を聞いて、それでも結局、別に泣くほどのことじゃないだろうと思った。
人を刺したことを簡単に許していいとは思っていない。
他人と分かち合おうとしたとき、理屈でしか話ができないから、もうこれ以上怒れない。
それでも結局のところ、小比類巻を凶行まで追い込んだのが俺であることは事実だ。
もしかしたら、俺は人の心がないかもしれない。
そんなことを少しだけ本気で思った。
それがあまりにもベタすぎるテンプレじみてて、余計に笑えた。