Eno.250 オクエット・ストレングス

■ ⅩⅣ.『盲目なる祈り ラスト・コネクト』

オクエット
「すまぬ、長い間責務を放棄してしまっていた。
 今日から心機一転、ファンドとペンタースを導いてゆくぞ」



「オクエット様!? もう大丈夫なのですか!?」
「ファディさんが一か月は休ませてあげてって……まだ3日しか経っていませんよ……?」

オクエット
「上に立つ者が惑えば民が惑う。
 上に立つ者が揺らいでは示しがつかぬし、不穏が伝達する。

 さあ、問題が起これば余に相談せよ」



「……分かりました。
 ですが、今は平和そのものです。お休みになられていても……」

オクエット
「そうか、特になすべきことはないか。
 ならば、少しあやつの顔を見に」


エヌ
「いるけど」


オクエット
「うおあびっくりした!?
 えっ何故!? 何故ここにおるのだ!?」


エヌ
「どうせ無茶する……そう思ったから……
 ……オクエット、あの人間の件、まだ――」


オクエット
「普通の、いつも通りの振る舞いを、いつも通りの生活をしている方が落ち着く。
 何もせずじっとしておるのは……余の性に合わぬのだ」


オクエット
「考える時間があるとな、考えてしまう。
 ここは、『変わらぬ暮らしを行い、感情を記憶と昇華させる』ための世界。
 ならば、どうすれば一番落ち着くか……分かるであろう?」


エヌ
「……そう、だね。
 でも」


エヌ
「……ごめん、皆。
 本当に、問題があったら……僕のところ、来て」


オクエット
「えっ、お、おい!?
 どこに行く!?」


エヌ
「オクエット。
 ……今は、村は、平穏。この世界で、滅多に大きな問題は、起きない。
 だから……」


エヌ
「……それ以上に……大きな、問題を、解決して」


オクエット
「……それ以上に、大きな問題だ?
 話せ、今すぐに解決しにいく」


エヌ
「……」


エヌ
「……オクエット。
 ご飯、作って。……オクエットの、料理、食べたい」


オクエット
「…………」


オクエット
「…………」


オクエット
「……全く。
 余がおらなんだら、汝は本当にロクな生活をせぬからな」





―― そうして、変わらない暮らしを行って

いつも通りの、何も変わることのない箱庭世界で。
何でもない長い長い日常を暮らして。
時に不測の事態が起きたり、ちょっとふざけあったり。

何も変わらない世界で、心は元に戻っていく。
傷ついた心も、楽しかった心も。
そうして心から記憶に昇華されて、世界の記録となる。
あらゆる思い出が忘却されず、ふとしたときに思い出されるだけの、膨大な彼らの記憶の保存庫。


それが、箱庭世界アルカーナム。



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ぶつん、と。
あらゆる感覚が消えた。

感覚が閉ざされただけではなかった。
何も聞こえなくなって。何も見えなくなって。
全てが遠くなった。

真っ暗闇の中の水に放り込まれたようだった。
息ができず、世界から切り離されて、沈んでいく。
上下も左右も分からない。
思考は奪われて何も考えられない。


あぁ、持たなかったのだと。
そう思って。
惜しいと思うことも、悲しいと思うことも。
何も、何も、分からなくなって。


―― そしたら、『もっといい子にしてるから』『何もいらないから』なんて、自分を犠牲にする言葉が聞こえてきて
―― そこで、そんなこと言わないでほしい、自分を大切にしてほしいと、悲しくなって

―― 引き上げられて、息を吸って、両足で立って、それから




…………波音が聞こえる。
契約の永続化は成功して、今こうして生きている。

目を覚ましたとき、ボロボロと泣くペオニーがすぐ傍に居て。嘘のように身軽になった身体を実感して。
まだ軋むけれど、些細なことだった。


……ずっと傍に居たいと、思った。
守りたいと、思った。
誰にも渡したくないと、思った。
笑っていてほしいと、思った。
幸せにしたいと、思った。


ペオニーの一番で在りたくて。
ペオニーの役に立ちたくて。
ペオニーの願いを叶えたくて。


きっと、これが、■■なのだと、思ったから



―― 船が、出る
―― 願いの、その次の願いが始まる