Eno.305 エレオノーラ・ダンフォード

■ epilogue

衛生電話の繋がる音がする。


「────もしもし、こちらC-CAT。応答を。」

『────手は手でしか洗えない。』

「────得ようと思ったらまず与えよ。」


『C-CAT、また声が聞けたことを嬉しく思うよ。』
初老の男性の声が耳元の小型スピーカーから漏れる。
この擦れ嗄れた音声は、低価格スピーカーによるものではなく、
声の主のものに起因している。

「貴方がESPRESSOね。挨拶が1週間遅れたことをお詫びするわ。」

『ESPでいい。皆そう呼ぶ。先ずはよく生きていたと褒めるべきだろうか。
───状況を。』

「──────」
発信主は殊具に1週間の様子を紡いでいく。
現在の自分の置かれている状況、
周囲の人物のプロフィールデータ、
その中で注視すべき人物のピックアップ、
拠点倉庫の生存物資の偏重調整、
口止め料兼詫び料の金貨など───

『ハッハッハ、そりゃ美味い汁を啜れたな。
だが、わざわざそんな回りくどいことをせずにさっさと殺してしまえば良かったのではないのかね?』

「グロッグじゃ弾が足りないわ。しかも目立つ。
それに、"暇にさせない方が変な考えが浮かばずに上手く回るもの"よ。
殺しが目的だったわけじゃない。」

『ハッハッハ、それもそうだ。私もこうして忙しいからな。
とにかく君は安全に、正しいルートでこちらに入国してくれたまえ。』
迎えは寄越さない、ということらしい。

「じゃあ赤坂で落ち合いましょ。手土産には期待してて。」
金貨をぴん、と弾く。裏にも表にもなることはなく、ただ袋の中に収まった。
中には数十枚の金貨が詰まっている。

『"poor"じゃないことを祈ろう。では、君の顔を拝める日を楽しみにしているよ。C-CAT。』

電話が切れる音がする。
残されたのは燻製肉を噛みちぎる音だけだ。


「それにしても、初の赴任...
日本への赴任だってのに、
私、運が悪い方なのかも...」


────否。
彼女の乗っていた米発日本着の船は、事前情報を得ていた日本で警戒対象とされ、日本政府および自衛隊によって入念な検問を受ける────はずだった。
しかし、不慮の事故および搭乗者の行方不明と相まって、その検問は不発。
検問の網も広く粗くなっていた。

そう、救援ルートでもなく、裏ルートでもなく、
正規の入国ルートを取り直した彼女を取り調べられるほど網は細かくなかった。

その点だけ見れば、彼女はかなり運が良かったと言っても過言ではないだろう。



────それが運命の人物、ヨーコと呼ばれる人物と出逢うことに繋がることを含めると...
その限りではないのかもしれない。