■ 俺の依り処
俺は、スエンの選択の行く末を見届けるべく、船に乗り込んだ。
しかし、船出した後に操舵技術を持ってる者がまともに居ないという事実に気付いたり、方角がわからないことに気付いたりと、まァ……計画の甘さがどんどん露見して、万事窮す、サバイバルの次は漂流かだなんて、島の奴らが絶望していたところに海賊が現れた。
島周辺には財宝が眠っているらしい。
確かに流れ着いた船には金貨やら銀杯やら高価な宝石がついたネックレスやら、これでもかと詰まっていたようだが、生憎俺はそういうもんには興味がなくてな。一切、手をつけちゃいねぇ。
ヒメっ子に言ったように、裏ルートで売り捌いてレプティスの財源に変えるのもアリだったかもしれんが──貴族共への言い訳を考えるのが面倒だ。面倒な仕事をさらに面倒にしちまうほど俺はマゾじゃねぇ。
まァ、財宝狙いの海賊に敵視されずに済んだし結果オーライだな。この海域、いやこの空間から脱出する方法も教えて貰ったしよ。
俺は、そういう魔法にゃ縁のない奴らが、ちゃんと帰れたのを見届けてから城へ戻ろうとした。
念じるだけと言われても、時空魔法に縁のねぇ奴らにゃさっぱりだろうからな。
そういう奴らに時空魔法の極意ってやつを少しばかり教えよう、ってな。
だが、俺にはスエンがいる。無茶な環境で疲れ切ってるだろうあいつには、なるべく早く城へ帰って休んで欲しかった。
それに、海賊が言ってたように念じれば確かに、帰りたい場所、行きたい場所へ導いてくれるというのは本当だったしな。
船に乗った奴らが、無事帰れるよう祈りつつ、帰路についた。
最後にあの木こりのタフなレディが俺に何を言おうとしたのかは分からなかった。
もっと人を信じろ? もっと人を疑え? それとも、頼るのか使うのか。
どれにしろ、俺には耳に痛い言葉だな。
──ああ、大丈夫だ。
俺がこの地位にいる限り二度と戦乱は起こさせはしない……お前が懸念しているようなことは、きっと起きないさ。
城に戻ったら、レプティスはハロウィンムード全開になっていた。
ふむ……リフィンがしっかりと留守を守ってくれていたのだろう、ハロウィンでの公爵家としての仕事は俺が帰った頃には殆ど終わっていた。あと、積み上げられた各地からの嘆願書や交渉、縁談などの書類で執務室が埋まってんじゃねぇかと震えていたが、それもなかった。
……全く、文句言いながらもやりすぎってくらいお前は仕事をやるなァ、見習い。
そういって労ったら、無茶苦茶に怒られた。
親馬鹿も大概にして下さい、だと……いや、お前も親になったらきっと分かるさ。
仕事に追われていたら、知らないうちに愛息子が無人島に流されてたなんて知ったら誰だって動揺するだろうよ……。
それを口にするとさらにぐちぐちと文句を言われそうだったので、黙ってその背を見送った。
奴にも奴の仕事があるからな。ククッ……仕事を押し付けちまった俺がいう言葉でもないがな。
──にしてもあいつ、恐らく無人島から帰ってきた俺が使い物にならねぇことを見抜いていたな?
さすが、戦乱で領地を失い、野営生活が長かったロウェナ公爵。過酷な環境でどれくらい消耗するのかなんざ、把握済みってか。
お前がくれた休暇を、無人島での疲れを癒すために活用させて貰うとしよう。
まァ、リフィン(ともちろん側近のナハトも)が仕事をきっちり片付けてくれていたお陰で無人島で負った諸々のダメージを癒す時間は出来た。
湯浴みして綺麗さっぱり汚れを洗い流した後、ベッドに潜り込んでからの記憶がねぇ。
よほど、疲れていたんだろうなァ、あんなに芯から泥のように深い眠りに落ちたのはいつぶりだろうか?
アイークの正座で説教を受けるだけの気力はなかったし、今回の件で説教をされる筋合いはねぇ。
大体俺に無断で公子でもあるスエンを無人島に送るのは公妃としていかがなものか。
公妃としてのあれこれを押し付ける気はさらさらねぇが(自由なお前が好きだしよ)、スエンは後継に指名はしないとしても貴族の子息を悪戯に危険に晒すのは流石にダメだろう。いくら俺達が、そうそう死なねぇ化け物だとしても、だ。
……あーナンナ? あいつは良いんだよ。あいつは自分から出て行ってるし人の話をこれっぽっちも聞かねぇからな。
あとナンナにユキムラの話をしてやったら『えーケッチャンまた流されてたの!? 一日凌げるくらいの蓄えは常に持っておいたほうがいいわって忠告はしたけど、それはまた無人島に流されるための備えじゃないのよーー!!』と大層驚いていた。なるほど、ケッチャンと呼ばれていたのか……ユキムラは。
そういや、ユキムラもナンナのことをナっちゃんと呼んでいたな……。
ふむ……住所でも聞くか教えるかしてやった方が良かっただろうか。
そういうわけで、あいつにも少しばかり痛い目に遭ってもらおうと思って、スエンが言ってた通りに生卵を持たせて温泉探しに行かせた。そして、その間に、スエンと俺(と、ごく稀にイナンナも。ナンナは食材を片っ端から炭にするので出禁にした)は一緒に色んな料理を作って、振る舞った。レプティスのハロウィンは俺達の成婚記念日的な意味合いもあるが──そもそも、こんなことになったのはアイークのせいだ。仕返しだ仕返し……めでたい日に森であるかもわからねぇ源泉を探す虚しさに震えると良い……。
あと、ちょうどハロウィンの時期だ。城下の奴らに菓子を配るのにもちょうど良かったからな。
得意のザッハトルテはもちろん、バームクーヘンにシュネーバル、レープクーヘンにツィムトシュトールネ、カイザーシュマーレン、ダンプフヌーデルン……それはもう、色んな種類のものを作って城の奴から城下の奴まで、様々に振る舞った。
一気に色々と作りすぎたもんで、スエンが覚えられたかはわからねぇが……楽しそうだったからまァ良いか。
分からなければ、また教えれば良い──この平穏な時間が永遠に続くことは無いだろうが、少しでも長く続くように努力することはできる。
人生の意味を他に委ねるのは危険と言われたが、生の実感を求めて、あえてこの身を危険に晒し、滅びしかなかった人生に光を与えたのはアイーク、そして子供達だ。
どれだけ歪んでいようと、脆い砂塵の楼閣であろうと、これが俺の依り処なんだ。
今更、正しく生きようとも、生きられるとも思ってはいない。
俺はこの身が滅ぶその瞬間まで、この歪みを抱えて生きていくのだろう。
しかし、それが俺なんだ。
変えるつもりも変わるつもりもない、俺が俺であるための証明。
だから、俺はこれからも、この歪みを抱えて生きていく。
ただ、自分の大切なものを守るために。
