Eno.250 オクエット・ストレングス

■ 『Ⅷ:STRENGTH.』

契約を永続化すれば、契約時の記憶は持ち帰ることができない。
持ち帰る前に依り代を道具から人の心へと移し、『永続化が行われた』という事実だけをカードに残す。
持ち帰ってしまえば、残されるアルカーナムの心残りになってしまうから。自分も行きたかったと嘆いてしまうから。
魔女がそう考え、持ち帰らないようにしていた。シャルルの魔法具は、誰一人欠けてもならない。故に、このような形に落ち着いた。

何故壊れたのか。何が原因だったのか。
それは、結局魔女に届くことはなく。力のカードは、契約を終えて完全に壊れた。


……………………


…………


……





オクエット
「…………ぷはっ!?」


エヌ
「オクエット!!」


オクエット
「え、エヌ!? ここは……魔女様の、家?
 あれ……余は、何故ここに? ペオニーと、共に……」


トラレ
「気が付いた?
 よかったぁ、修理に三か月かかったのよ。
 全くもう、何があったのか聞きたいのはこっちなんだから!」


エヌ
「よかった……本当に……よかった……戻ってきてくれて……」


オクエット
「いや待て、待て待て待て待て待ってくれ!?
 余は何故魔女様の家におる!? 記憶があるのだ、
 永続化すれば記憶は持ち帰らぬであろう!?」


トラレ
「記憶消去中に契約を結んだせいでその機構がぶっ壊れたわよ!!」


オクエット
「そんなことんなってたの!?」


トラレ
「核が壊れ始めたことは早々に観測したわ。
 けれど、占いが終わるまではこちらから手出しができない。
 だから待っていたのだけど……完全に破壊されちゃって。
 そうなると、後は占いを遂行するために必要な魔力を送るだけ送って、
 その契約中の記憶を抹消して、
 心を潰して『使い捨ての道具』にする機構が働くようになっているの」


オクエット
「そこは……余の推測通りだな」


トラレ
「実はその状態って、契約って一時的に切れるのよ。
 契約の繋がりは核が保持するから。
 そして、一応器が生きていれば道具はまだ生きている。
 その状態で、誰かがあなたを『引いた』。
 状態的には一時的とはいえ、『占いを行う前』の状態だから成立する」


トラレ
「カードをくって、一枚だけ外に出て。
 それが気になったカードであれば、運命を感じたのであれば、
 それを表にしてワン・オラクルの占いとする。
 ……それが成立したことにより、あなたの核がつなぎ留められた」


トラレ
「シャルルの機構も変な方向に働いて、願いを聞き届けるまでは絶対に壊させない。
 そうして契約が終わって、完全に崩壊した……と思ったら、
 どういうわけか契約の永続化をしてきた」


オクエット
「心を壊しておいて、良き隣人ができた、ということだからな。
 疑問に思うのはごもっともだ。
 しかし、こうして余が全ての記憶を持っておる、ということは完全には壊れなんだ、
 ということか?」


トラレ
「えぇ、むしろ契約を永続化したから、かしら。
 アルカーナムの世界と同期は行われるのよ。
 『契約を永続化した事実を伝える』ために。
 そしてそれが、幸せなことだと認識するということは」


オクエット
「……心を壊した者が、心を思い出す奇跡となる、とな」


トラレ
「そういうこと。
 オクエットちゃんはやっぱり聡明ね」


オクエット
「……そうか。
 悪いようにはならぬ、とは思っておったが。
 悪いように、どころかすっかりより良いようになってしもうたな!」


トラレ
「よりよくはないです。
 見なさいあのエヌ君。あんなにやつれちゃって。
 あなたが壊れた精神負荷で二次被害が起きかけてるのよ。分かる?
 何にも食べないし飲まないから元の世界だと
 3回くらい死んでておかしくないのよ


オクエット
「うわぁぁあああああエヌ、
 エヌすまなんだぁぁぁああああああ!!!!」





……そうして、アルカーナムは『壊れた』という事実を残し、ほんの少し変化をもたらした。
アルカーナムは『78枚』で1つだ。1枚が軋めば、連動するように他の1枚が軋み、連鎖を起こす。
1000年以上も壊れることのなかったアルカーナム。
そこに初めての事象が持ち込まれれば、嫌でも変化は持ち込まれる。

元より、この世界を彼らは『不変』だと口にする。
しかし、シャルルは箱庭世界を『不変』の世界としては、実は作っていない。
彼は、決して平和が破られない、性格も見た目も年齢も不変な世界としては確かに創った。
だが、人間関係や感情までも不変であるままには創っていない。

―― 逆、なのだ。
長期的に見れば何も変わらない世界ではなく。
長期的に見れば、何かが変わっている世界。
明かりが徐々に暗くなることに気が付けないように。
時間間隔の長い彼らもまた、例外ではないだけなのだ。


オクエット
「……エヌは最近、よう余の仕事を手伝ってくれるな」


エヌ
「……領民、として、友、として。
 ……支えたいって、そう思うだけ。
 それに、すぐ君は……無理、するし」


オクエット
「こないだ傷ついて帰ってから随分と保護者面であるな。
 これでは主従関係のようだ」


エヌ
「…………それでも、いいよ。
 リーダーが居て、参謀が居て。
 そうして……村をまとめるのも、間違いじゃないでしょ」


オクエット
「ふは、そうか。
 ならば、お言葉に甘えさせてもらおうか」


オクエット
「そうだな、上に立つ者が惑うたときに叱咤できる者はやはり必要だ。
 ……頼りにしておるぞ、エヌ」


エヌ
「…………うん」






これは魔術師シャルルが生み出したアーティファクト、運命の天啓アルカーナム。
心を持ち、人の願いに触れ転機や啓示を与えることを喜びとする付喪神。

彼らは箱庭で平和に暮らし。
時には占いのために呼ばれ、契約者と共に笑いあい。
時には占いのために呼ばれ、契約者に振り回され。

傷つくこともあれど、彼らはそれでも人の願いに触れる。
そのために作られたから。そのために産声を上げたから。


オクエット
「―― 余を引いたか。
 余は力の大アルカナ。オクエット・ストレングスだ。
 さあ、汝の名前を聞こ……」


オクエット
「…………なっ、シャル!?
 何故ここに ――」





彼らは今日も、占いに訪れる者を待っている ――