Eno.37 『幸福を運ぶ青い鳥』フォグ

■ ずぶ濡れの航海日誌

[ずぶ濡れの紙束が流れ着いている。ほとんど破れているか文字が滲んでいて読み取れないが、辛うじて読み取れるページもあるようだ。]


……出航から14日。
波は鏡のように凪いでいるが、濃い霧が立ち込めており見通しが悪い。
甲板に出ていた子分どもが騒いでいたから幽霊でも出たのかと思ったら、流氷がこっちに向かって流れてきていた。
ほとんど融けて小さくなっていたからもしぶつかっても船倉に穴が開く心配はなかったが、よく見ると上に何か乗っている。鳥のような……鳥にしては形が奇妙だった。嘴があって、縦長で、羽が小さい。
面白半分に引き上げてみたら、その生き物は衰弱しているようだった。これがカモメか何かなら捌いて腹の足しにしたところだが、こんなよくわからない生き物を口に入れるのは気が引けた。
そういえば、前に港で商人から大量に酒を仕入れたとき、おまけだと言って怪しげな薬を貰った。当然使っちゃいないが、どうせならこいつに使ってみるのがいい。どうせ放っておいたら死んでしまうし、これで助かれば儲けもの。俺も損をしないし、娯楽の少ない海の上ではいい賭けのネタになる。
子分どもはみんなこいつが死ぬ方に賭けたから、俺は生きる方に賭けることにした。


出航から17日。
波はやや高い。
あの奇妙な生き物に薬を飲ませたら、驚いたことに人間の子供みたいな見た目になった。手足だけはあの生き物の形のままだ。ピンピンして魚を食うところを見ると、どうやら賭けは俺の勝ちらしい。当分酒には困らないのでいい気分だ。
そろそろ補給のために寄港する。陸に上がれば見世物小屋に売るなりすれば、小銭にはなるだろうが……さて、どうしたもんか。


出航から8日。
波は穏やかだ。
海の上に生きるものは海に帰してやるのが海賊の掟だ。といってもこいつが帰る場所はもうとっくに溶けているから、ひとまず下働きの子分として使ってやることにした。サボらずによく動くし、物覚えも悪くない。最初こそ子分どもも気味悪がっていたが、人懐っこく雛鳥みたいに後ろをついて回るのがウケて今じゃすっかり馴染んでいやがる。
子分どもが名前を付けないのかとうるさいから、『フォグ』と名付けた。霧の中から出てきたからな、と言ったら安直な名付けだと笑われた。


[この後のページは解読不可能なほどに文字が滲んでいる……最後の方に、辛うじて読み取れるページがある。]


……出航から……いや、あれから何日たったのかわからない。突然の嵐で帆をへし折られた後、進むことも退くこともできずにこの雷雨と暴風の真っ只中に立ち往生している。
今度はお前が俺たちを助けてくれる番じゃねえか?とフォグに軽口を叩いてみたら、フォグは甲板の方に走って行っちまった。あいつ、落っこちたら助けられないのに。
……どのみちこの船は沈む。海の藻屑になるのが遅いか早いかの違いでしかない。
海賊として海で生きると決めたからには、後悔はない。ただ気がかりなのは、俺たちがみんな死んだ後に、あいつがいつもみたいに俺たちの尻を追っかけまわして地獄まで付いてきちまうんじゃないかってことだ。
もしも神様があいつに味方して、生きてどこかの地を踏めたのなら、もっと他に真っ当な人間を見つけてそいつの後について回ればいい。
だって、あんな手じゃサーベル持って戦うこともできないし、ロープだってまともに結べやしないんだ。あいつは海賊向きじゃないからな。


[あとは白紙が続いている]