■ 《58: アノーヴァ・ピィヴァルの日記 - そして、それからのこと》
果たして助け船は訪れた。
中から降りてきたのは、善意の人だった。
すべてを教えてもらった。
この島の属する世界のこと……私が予想したとおり、よそから海をえぐり取っているのだということ。
私たちのように迷い込んでしまう人々は、他にもかなりいるのだということ。
この船は世界をも渡ることができ、望む世界に連れて行ってくれるらしい。
私は迷わず、オルタナリアの海に帰してほしいと頼んだ。
乗組員の人は一瞬、何か言いよどんだように見えたけど、了承してくれた。
皆のことを書き留めよう。
サメーンさんはこのまま故郷へ帰るという。妹さんがいるらしい。
いろんな設備を造ってくれたけれど……それだけじゃない。
いつも明るく、堂々としていて、ただ見ているだけでも元気が出てくる方だった。
きっと、多くの人々を導いていけるような、そういう存在になっていくのだろう。
リーバさんは、正義のレンジャー隊というものの一員だったようだ。
……獣や魚の命をいただいてしまったことを、悲しんでもいた。
これは、オルタナリアの考え方だけれど―――生命に課せられた使命は、在るべき姿で在り続けることにある。
草木は伸びて実を残し、獣は喰らいあって仔を成し……私達ニンゲンは、自分だけの物語を見つけるべく生き延びる。
それがたったひとつ、何者にとっても正しいこと。
だからあなたも、自分を責めないで。元いた場所に帰られた後も、多くの命を救っていってほしい……
エスティさんには、お兄様やお仲間方が迎えにやってきた。
島を出た後どうするか少し心配だったけれど、これなら大丈夫だろう。
とても不安だったろうに、本当によくがんばったと思う。今はお兄様にたっぷり甘えて……
……島を出る間際、きれいな石をプレゼントしてくれた。
大切にしよう。あなたを思い出すよすがとして……
そして、マギサさんは……
もう一つの『心』―――アクアグレムリンという種族の女王であるシズクさんに、その身を明け渡した。
この七日間で力を使い果たしてしまい、眠りについたのだ。
面と向かってさよならを言えないのは寂しいけど、後で目覚めたら伝えてほしいと頼んだら、シズクさんは快く引き受けてくださった。
……一人になりたいふりをして、それでも優しくて、立派な人。
私はちゃんと生きていきます。あなた方にもどうか、幸せが訪れますように。
船は進む。
私たちの島が、水平線の向こうに消える。
遠ざかっているからだけじゃなく、本当に沈んでいっているのだろう。
私の旅は、戦いは、まだこれからだ。
待っていて、タカアキ。そして他の皆も。
何があろうと私が助けに行くから。
どうか、死なないでいて。
……なんだか、一気に疲れが出てきた。
今はいったん眠ろうと思う。
おやすみなさい。
―――
――――――
場所は湿地帯。
天候は曇天、いくらか霧が出ている。
見上げれば、遥か上空をめがけて斜めにそそり立つ崖、らしきもの。
その正体は、ずっと遠くに深々と突き刺さっている、山を逆さにしたような地形の一部である。
川辺に列をなす葦はもはや壁のようですらあり、その合間をときおり大きな浮葉が行き来する。
結構な頻度で何かが水を出入りする音がする。他には複数種のカエルの鳴き声。
狭間の川を進むボートがひとつ。
それを牽くのは体長数メートル、太めの身体に赤紫の毒々しい模様をまとった大きなトカゲ。
上に乗っているのは二人。一人はウニの頭をした一つ目の男で、紫のスーツと黒のズボンをまとっている。ランタンを手に前方を照らしている。
もう一人はキノコのような白い笠を頭につけた女性。肌もまた真っ白で、笠の裏からは薄い水色の髪が生えている。黒いトップスと灰色のスカートに身を包む。

ウニ男
「……エイマニィ、気分はどうだ?
そろそろだぞ、お前の故郷」

キノコの女―――エイマニィ
「ン……。」
ふと、川が大きく開け、広い水場に至る。
辺りにはいくつもの小島があり、それら一つ一つに紫色のキノコが群生している。

エイマニィ
「……ンゥ……。」
どこか不安げなエイマニィに、ウニの男は言う。

ウニ男
「心配すンな……採らねえさ、何も。
これは……単に、そう、帰省だ。そうだろ?
……TGの連中も例のゴタゴタのせいでサボり気味だが、それも今のうちだろう。
里帰りはできるうちにするもんだ」
周囲には葦に紛れ、意思をもった動きをする影。中には小島のキノコを調べているらしい者もいる。

ウニ男
「……ま、いざとなりゃ、どうとでもしてやる。
ゆっくりしろよ」
ボートは進み、やがて水場の先にあった洞窟の中へ入っていく。
周囲はゴツゴツとした岩。テンポと音程が千々に重なり合った水滴の音。どこまでも続く反響。

ウニ男
「ずいぶん広そうだな。
お前が生えたのって、どこら辺だ?」
エイマニィは空中の一点を指差した。
ウニの男がなにかするまでもなく、ボートを牽く大トカゲはそちらへ向かう。
道は時に広がり、時にすぼまる。
ある時、ふと振り向いた先に、発光を認める。

ウニ男
「……!? 待て! 止まれ……」
発光はみるみるうちに膨れ上がっていくようだ。
耳をつく高音の響きも伴う。

ウニ男
「『光』だと……!?
ちきしょう、手ェ繋げ―――!!」
手を取り合ってボートの中にかがみ込むウニの男とエイマニィ。
光と音とが、彼らには見えない場所で拡大し続ける。
頭が割れるような高音が洞窟中を跳ね回る。
それはやがて縮小に転じ、完全に止んだ。
立ち上がるウニの男とエイマニィ。

ウニ男
「……飛ばされて、ないのか……?」

エイマニィ
「ンゥ、ッ……。」
掲げなおしたランタンは先ほどと変わらず洞窟を照らす。
その灯りの中にふと紛れ込む、翼を生やした獣の姿。

ウニ男
「は……?
……おい、あそこへ。行かせてくれ」
大トカゲは再び泳ぎ出し、その生物の元へ向かう。
水面から露出した部分につき、接岸したボートからウニの男とエイマニィが降り立つ。
そこで獣の姿を見た。
ずいぶんと大きな狼のようで、胴体は青と白、四肢の付け根と背中は氷にも似た甲殻に覆われ、翼を持つ―――毛むくじゃらのドラゴンの仔。

仔竜
「…… ……」

ウニ男
「なんだ、こいつ……。
来たのか……『光』の向こうから?」
ウニの男はランタンで照らしながら、しばしそのドラゴンの仔の姿を観察した。
ぐったりとして、目を覚ます様子はない。呼吸はしているが。
やがてウニの男は不敵に微笑む。

ウニの男
「フンッ、ククク……思いがけねえ幸運だ。
これならボスも機嫌直してくれるだろ……
……エイマニィ、ラーヴォにも手伝わせろ。外へ運ぶぞ、コイツ。
起きるようなら毒を使え。死なないヤツな」

エイマニィ
「ンゥ……」
エイマニィはボートへと取って返し、大トカゲ―――ラーヴォをつないでいた鎖を外す。
ウニの男は屈んで、ランタンでドラゴンの仔の顔を照らす。

ウニ男
「アル=ゼヴィンへようこそ、だ。
かわいらしいドラゴンちゃんよ」
<To be continued>