■ アラビア語の日記 十六頁目
預言者ムハンマドの逸話に、
『山を呼び寄せる話』と言うのがある。
ムハンマドはある時、大きな山を指差し、
群衆の前で『自分の足元へ呼び寄せて見せる』と告げた。
期日になって幾多の群衆が彼の周囲を取巻いた時、
ムハンマドは約束通り大きな声を出して、
向うの山にこっちへ来いと命令する。
しかし、呼ばれた山は少しも動かず、
そのまま三度、同じことが繰り返された。
そうして依然として動かない山を眺めて、
ムハンマドは群衆に告げる。
「約束通り自分は山を呼び寄せた。
しかし山の方では来たくないようである。
山が来てくれない以上は、自分が行くより他に仕方があるまい」と。
そして、彼はそのまま、その山の方へと歩いて行ってしまった、という話だ。
この話を聞くと、一見、滑稽話のように感じるかも知れない。
けれど、僕はこの話を思い出すといつも、
信心や信仰について必要な姿勢を、最も深く言い表していると思う。
僕は、ずっと『山を呼ぶだけ』で過ごして来た。
動かない山を呼んで、呼び疲れて、
歩き出せずに座り込んで来たのが僕だ。
用意された椅子に、指図された姿勢で座る人形が僕だ。
けれど、僕はあの孤島で、
たくさんの意志と、そのぶつかり合いを見た。
ぶつかり合ってもまた、
分かち合い、補い合う人々を見ていた。
僕の欲しかったもの。
その光をほんの少し分けてもらって。
今度こそ、山の方へ歩いて行こう。
自分の生きる場所くらいは、自分で決める事ができるように。